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Channel: 妄想泥棒のブログ(銀英伝・ハガレン二次創作小説とマンガ・読書・間宮祥太朗ドラマ感想)
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ハガレン二次創作 ■焔の錬金術師75 (ロイ×アイ)

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かちゃり、と音がした。スイートルームに相応しく、豪奢なしつらえのドアノブをくるりと回した男が、中からひょっこりと顔を覗かせる。
「なあ・・・、もう非番でいいってば・・・」
「いえ、まだ勤務時間ですから。」
照れるでもなく大真面目に答えて警備の姿勢を崩さぬ女に、男はひたすら苛々する。
「本当に、君ってあきれるほど強情だなっ。」
「お褒めいただき光栄です。」
ぶすっとした顔つきで、恨めしそうに女を見ていた准将閣下だが、ため息をひとつつくと、自ら篭っていた部屋を出てきた。
そのまま内廊下に屹立する部下の隣に並んで立つと、だらしなく壁に寄りかかり、伸びをするように両腕を頭の後ろで組んだ。そして暢気に口笛なんか吹き始めたではないか。
「・・・いったい何をなさってるんですか・・・?」
対象が自分の隣に並んでいては、警護にならない。リザ・ホークアイは、厳しい顔つきで上官を睨みつけたまま尋ねた。
「なに、発想を変えることにしたのさ。けじめを重んじる真面目な女性には、それに相応しい口説き方があると思ってね。」
そうして、澄ました顔のまま陽気な鼻歌をいくつか歌うと、やがておもむろにポケットから銀時計を取り出した。
「さあてと。いよいよだな。カウントダウンさせてもらう。」
「は?」
「あと60秒、・・・55、・・・50、・・・」
「・・・暇すぎじゃありませんか?准将・・・」
「うるさいぞ。もう君は黙ってろ。・・・20、・・・15、・・・10、9、8、・・・」
5、4、3、2、1。
カウントダウンを終えた男は、にやりと笑って女に向き直った。
「さてと。もう言い訳はなしだ。今から私たちはただの男と女だ。文句は言わせない。」
返す言葉を見つけられず、俯いてしまった女の両脇にマスタングの腕が置かれ、逃れぬように壁に追い詰めている。
「ここまで焦らしてくれたからには、今夜は覚悟してもらおう。」
そうして、強引に女の顎を上向かせた。リザは、つい本能から逃れようとはしてみたものの、断固として抵抗を許さぬといった男の力と、ゆっくりと近づいてくる黒い瞳に負けて、観念したように目を瞑った。

最初、そっと優しく重ねられただけだった男の唇は、すぐに身勝手な本性を現し、強引にリザの唇をこじあけて重なりを深めてきた。
息苦しさから思わずリザが呻くような声を漏らすと、ますます男は調子にのって、幾度も角度を変えては息を奪い尽くしにかかる。
ふわりと足元が浮いた様な感覚を覚え、そして気づけば、器用な男の腕に抱きとめられたまま、部屋の中へと誘い込まれてしまっていたリザである。
「・・・あの、ま、待って下さい・・・」
まさかこのままベッドにひきずり込まれるのだろうか。リザは、うろたえて思わず哀願口調となるが、マスタングは容赦しない。
「この期に及んで、待つ事なんて何もないぞっ」
え?え?と女がひたすら戸惑っている間に、くるくると軍服を剥ぎ取られた。男自身も何の瞬間芸かと思うほどの器用さでいつの間にか軍服を脱ぎ捨てている。
「・・・もう、さすがとしか言えません・・・」
リザ・ホークアイがほとんど呆れて発した台詞は、再び重ねてきた男の接吻によって遮られた。
「いちいち余計なことを言うなら、幾度でもこうしてやる。」
そうして、問答無用でリザの身体を抱き上げると、腕の中で両足をばたつかせている女の唇を本当に塞いでしまう。
「戦の主導権を握るには、まず相手の機動力を削ぐっ」
「何を言ってるんですか何をっ、ん、んぐんぐ」
そうして、男はまんまと裸身の女神をバスルームへとさらって行ってしまった。

しゃっという音と共に頭から浴びせられた冷水が、すぐに温かくなるが、抱きしめあい触れ合う肌と唇の方がはるかに熱い。
火照った白い肌が、水を受けて艶めいてそそる。つい嗜虐的な気分に火をつけられて、男の唇と指がまるで弄るようにリザの身体を隈なく攻め始めた。
だが、いたずらな指の動きに、ふと示した女の反応と苦痛に歪む顔つきに、マスタングの動きは思わず止まった。
「・・・え?・・・」
湯水の流れる音が響く中、マスタングは戸惑った声をあげる。
「も、もしかして、君・・・」
マスタングは驚きの余り片手で自分の口を覆う。まさか。いや、だがしかし。
(処女に戻ってるとか・・・。ま・じ・で?)

急に神妙な顔つきになって水の栓を閉めた男の顔を、とび色の瞳がどこか不安そうに見上げる。
「・・・どうしました?私、どこかヘンですか?・・・」
だが、マスタングは、その問いに答えぬまま、大きなバスタオルでリザの身体を大事そうにくるんでやった。
自分も頭からタオルをひょいと被ると、入ってきた時以上の丁重さをもって、まるで姫君を運ぶようにリザを抱えあげるとベッドへと連れて行った。
タオルにぐるぐるとくるまれたリザの身体を優しく拭きあげてやりながら、マスタングはようやく言った。
「今から生まれ変わった君を抱く。それに相応しく精一杯紳士的にふるまうから、任せてくれたまえ。君は何も心配しなくていい。」
「・・・はあ。」
リザは、いまいちピンときていないようで、分かったような分からぬような顔で首をかしげている。
「でも、私たち、初めてではありませんよね・・・」
「君が私以外の男に身を任せたりしていないということも分かって、今、私は世界一幸せだっ。」
「そんな暇どこにもなかったじゃないですか・・・」
「私はずーっと、君との初めてを一からやり直せたらと思ってきたんだよ。とにかくあの時の君は・・・、酷いなんてもんじゃなかったぞっ。」
「・・・あの、私の話聞いてますか?」
「約束の日の後の一夜にしてもだ。私の夜の実力があんなものだと思われるのは、心外だ。ようやく念願叶ったからには、全てをこの私に委ねてくれたまえっ」
「あなたの、その張り切りようがとても怖いです・・・」
マスタングの鼻息の荒さに、すっかり怖気づいてリザはすくみあがった。

横たえられた姫君の肌の上を、男の唇がゆっくりと愛し始め、指は柔らかな感触を慈しむ。
長い長い時間をかけて、なお飽きることなく繰り返される愛撫は、純情なリザをも存分に昂ぶらせた。次第に拷問めいて苦しくなるほどに。
すすり泣く女の声を待って、ようやく男は身体を重ねた。ゆっくりと。懇願するように回される女の腕の動きをまるで無視して、あくまでもゆっくり焦らすように。
「君が幾度生まれ変わろうと」
耳元でマスタングの低い声が囁く。
「私は何度でも、君に刻印を押す。君はこの私のものだと。」
やがて、二人のつながりが柔らかに溶けるのを待って、男はようやく自らを激しく解放した。

己の胸に顔を埋めたリザの顔を覗きこんで見れば、とび色の瞳の目尻には、微かな涙が滲んでいる。
心地よい疲労感の中にいた男は、女への愛おしさがこみ上げてきて、強くリザの身体を抱きしめなおすと言った。
「君と私は、一緒にいることに躊躇いつつ、一方で、ずっと恐れていたようにも思う。互いから離れることを。」
黙って耳を傾けている女の柔らかな金の髪を、無意識の仕草で幾度も撫でる。
「だが、ようやく確信が持てたんだ。君と私の絆について。」
そして、真摯な声で続けたのだった。だからこそ君を手放す決心をした、と。
マスタングの心情について、リザは既に想像がついていたのであろう。ただ小さく、はい、と呟いただけ。
例え距離が二人を隔てても、我々は二人でひとつ。それは宿命を越えて、もはや二人の生き方の選択の結果であるのだ。

「待っていてくれ。楽ではないだろうが、私は必ず閉鎖区を解放し、イシュヴァール人たちの自治区を築くまでやり遂げるつもりだ。そして、」
マスタングの声は、いつの間にか甘い囁きから、決意を込めた力強い軍人のそれへと変わっている。
「君もまた、責務を果たせ。グラマン閣下はくせ者だが、あっぱれな人物だ。あの方を補佐して、新生アメストリスを導き、遠くから私を助けて欲しい。」
そんな男の言葉に了と頷きつつも、リザは考えずにはいられない。この先の二人が歩む道について。
どんなに甘い時間を過ごそうとも、二人の絆は上官と部下であった長い歴史の上に築かれており、それと切り離すことは生涯あり得ないであろう。

「・・・またこうして会える日がくるでしょうか?」
行為を終えた後の常として、男は急速に冷静さを取り戻す。だが、女の方はそうはいかない。
リザは、女の時間を過ごした余韻からまだ覚めやらず、自分だけが独り取り残されてしまったような寂しさから、ついらしくもなく弱音を吐いてしまった。
「君って、時々真顔で不吉なこというなあ。」
だがしかし、男の方は自信満々であった。
「そう長く待たせるつもりも待つつもりもない。だから、君だってブレダ達だって、死ぬ気のスピードで仕事しないと、再びの呼集に間に合わないぞ。」
それに、と悪戯っぽくウインクをして続ける。
「君ももう知ってるだろう?ご褒美を目の前にちらつかされた私が本気を出すと、とんでもなく優秀になるって。」
「・・・いつも本気を出して下さった方が有難かったんですが・・・」
相変わらず自分に都合の悪い台詞は華麗にスルーすると、マスタングは長い長い夜にようやく終止符を打つために、優しくリザの唇に自らの唇を重ねた。
「・・・もう夜が明け始めてしまった。少しだけ、眠ろう。」
そうして二人は、薄く差し込み始めた白い朝日の中で、束の間の夢を見るためにまどろんだ。

訪れた刻限とほぼ同時に、二人はどちらからともなく目を覚ました。
そしてそのまま無言で起き出すと、揃っててきぱきと身支度を済ませる。それは、長年積み重ねてきた軍人の性のようなものであった。
リザは、ホテルの重厚なホールを出たすぐのところで、准将の憲章をつけた上官の肩越しに見知った仕官の顔を見つけた。
「出迎えご苦労、マイルズ大尉。」
マイルズは、新しく上官となった男へ無言のまま敬礼で応えた。無論、最後まで男の背中を守り続けてきた女の方に視線を向けるような野暮な真似はしない。
豪奢な階段の下では、手回し良く、すでに軍用車を待たせてある様子である。
階段の降り口で、マスタングは足を止め、ゆっくりと振り向いた。
「ホークアイ大尉、ご苦労だった。では。」
そして、男はそのままくるりと踵を返して前へと歩み始めた。新たな挑戦、新たな一歩へと。
ホークアイは、ゆっくりと腕を上げ、敬礼をもって将軍となった男の凛々しい背中を黙って見送る。
やがて、新たな副官となったマイルズが一瞬だけ振り向くと、敬礼を送り返してくれたのが見えた。
「・・・マスタング准将を、よろしくお願いします。」
リザ・ホークアイの低く呟く声だけが、別れの朝に静かに響いたのだった。

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ハガレン二次創作 ■焔の錬金術師76 (ロイ×アイ)

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「・・・閣下。マスタング准将。間もなく、イーストシティの駅に到着です。」
あががーと大口を開けて鼾をかきまっくっていた上官は、むにゃむにゃと寝ぼけ眼のままである。
「・・・ああ、もうちょっとだけ眠らせてくれたまえよ、中尉・・・。」
マイルズのこめかみに青筋が浮き上がった。
(この軟弱な黒髪野郎がっ)
全く。敬愛すべきあの北の女王との余りの違いに、落胆を通り越してほとんど呆れる。
前任のホークアイがどれほどこの男を甘やかしていたかは知らないが、自分は自分のやり方で任務にあたるつもりである。
マイルズは、すーはーと息を整えた後、上官の耳元に口を寄せると大声をあげた。
「敵襲ですっ」

だが、次の瞬間に国家錬金術師が示した変化は、劇的であった。
だらしなく居眠りしていた黒い目が見開かれたと思った時には、マイルズの利き腕は身動きできぬように掴まれ押さえ込まれてしまっていたのだ。
そして、白い発火布の手袋を嵌めた方の手が、見せ付けるように高く掲げられている。
男の表情は研ぎ澄まされたナイフの様に尖っており、黒い瞳が射る様な強烈な眼光を放っている。
自身も少々腕に覚えがあったマイルズではあるが、黒豹の様な素早さで戦士へと変貌を遂げた相手に、ぴゅうと口笛をひとつ吹いて、降参の手をあげた。
「失礼いたしました、准将閣下。余りにも良く寝ていらっしゃるので、つい。」
そうして、ようやく解放された利き腕をさすりながら、こっそり内心呟いた。
(人間兵器ってやつを、伊達に長くやってきた訳じゃあなさそうだ。)

「・・・荒っぽい起こし方は、余り好きじゃないな。」
マスタングは不機嫌な口調で呟くと、やや乱暴な音をたてて再び椅子に腰を下ろした。そしてそのまま、黒い目をじっと車窓の向こうへと向ける。
東部独特の田園の緑が広がる。アメストリス国随一の穀倉地帯である。豊かでのどかな国土の風景にも関わらず、男の表情は和むどころかやや険しい。
そっとその表情を観察していたマイルズだったが、唐突に発せられた質問にやや意表をつかれた。
「履歴には既婚者とあったが、東部に連れてこなくて良かったのか?女房に逃げられても責任はとれんぞ。」
あんたこそっ、ともう少しで口から出そうになる台詞を我慢して、マイルズは答える。
「・・・いっそ逃げられてしまうのも悪くないと、思わないでもないですな。」
予想外の答えだったのか、マスタングはちょっと目を丸くした。そういう表情をする時のこの男は、どこか子供っぽく見える。
「私的な事を尋ねて済まなかった。忘れてくれ。」
そして、そのまま低い声で続けた。
「・・・昔、やたら女房自慢ばかりする知り合いがいてね・・・。」
既婚者といえば、皆そういうものかと思ってしまっていたよ・・・。
らしくもなく言い訳めいた台詞を発してしまった事に自分でも気づいたのだろう。すぐに不機嫌な顔に戻った上官に、マイルズは軽く肩をすくめる。
「経験してみなければ分からない事というのは世の中たくさんありましてね。結婚もそのひとつでしょう。まあ、花を摘み放題の独身貴族の御方には関係のないお話でしょうが。」
むっと上官が青筋をたてたのが分かった。
「・・・何か、私に言いたい事がありそうだな、マイルズ大尉。」
いえ別に。マイルズは涼しい顔をしたままで、軽く眼鏡を指で直すと、おもむろに床から軍帽を拾い上げて上官に手渡した。居眠りしていたマスタングの頭からずり落ちてしまっていたものである。
「さてと。どうやら本当に到着したようですよ。」

新たな司令官を乗せてきた軍用列車を出迎えたのは、訓練の行き届いた一個小隊。
緊張と共に一斉に敬礼を送る彼らに、マスタングは軽く手を振って応え、そのまま用意された軍用車に乗り込む。
撫で付けた髪に軍帽を被りなおし、きりりとしたその姿は、先ほどまで口を開けて鼾をかいていた男ととても同一人物とは思えないほどである。
”イシュヴァールの英雄”の故郷への凱旋は、華々しいパレードをもって迎えられ、東方司令部までの道のそこかしこには多くの人だかりができている。
時としてあがる黄色い歓声に、爽やかな笑顔をふりまく男の傍で、マイルズは次第に不機嫌になっていく己を感じないではいられなかった。
「随分、外ヅラ、いやコホン、公のイメージを大事にされてますな。」
それに対して、にこにこの笑顔とゆっくり鷹揚に振り続ける手のポーズをいささかも崩さず、上官は答えたものである。
「お前も、英雄稼業を一度やってみれば、分かるさ。」
物事は経験してみなければ分からないと言ったのはお前だぞ。そう皮肉な口調で決め付けて、マスタングはますます白々しい笑顔で手を振り続けたのであった。

東方司令部長官室は、すっきりと整えられた状態で新しい主を待っていた。
しかしマスタングには、長くその座にあったグラマンの匂いが残されているように思えてならず、感慨と共に長官の席へとゆっくりとした動作で腰掛けた。
だがすぐに、表情を引き締めると、次々に指令を下し始めたのだった。軍議の計画はどうなっている?参加者の顔ぶれは?それではだめだ、明日には早速左官級の者を全員呼集しろ・・・。
マイルズが、次々に挨拶と報告に訪れる幹部の面々を一通りさばき終わってふと見ると、エネルギッシュに動き続けていた新司令官は、席を立ち上がり、ゆっくりとした歩調で広い部屋を歩き回っていた。
「・・・うん。やはり懐かしいな。」
そう言って書庫棚などを眺める視線がやや和んでいる風に思え、休憩に良い頃合と判断したマイルズは、従卒にコーヒーを淹れるよう命じるために席をはずした。

「あの、マイルズ大尉。」
ふいに廊下で呼び止められて振り向くと、小荷物を抱えた事務官が立っていた。
「中央からお届け者です。至急便の扱いで。」
マイルズが首をかしげながら包みを解くと、そこにはマニュアルと思しきファイルがあった。面には”取り扱い説明書”とあるが・・・?
差出人からの一片のメモが挟み込まれているのにふいに気づき、それをつまみ上げた。

『慌しかったために満足な引継ぎができませんでしたので、急ぎ書類にてお渡しいたします。この資料は、マスタング大佐改めマスタング准将閣下の補佐官を務める上での諸注意事項となります。お役立てくだされば幸いです。
中央司令部 大総統府秘書部 大尉リザ・ホークアイ』

戸惑いながら、ぺらりとページをめくったマイルズの指が止まった。
「・・・しまった。そういう事は早く言えよ。」
低く独語すると、慌てて司令官室へと引き返す。だが、時すでに遅し・・・
「・・・やられた。」
司令官室はもぬけの空となっていた。ゆっくりと懐かしそうな顔つきで歩き回っていたはずの部屋の主の姿は影も形もなく、ただ机上には早速の承認を求める書類たちが恨めしそうにうず高く積まれたまま放り出されていた。

『記
その1) 一人で執務室に残してはいけません。時として脱走を図ります
その2) 書類を一度にたくさん与えると、やる気を失うので、少しずつ小出しに渡します
その3) 集中を発揮した後ほど、反動が大きいです。居眠りさせぬよう、時々話しかけましょう
その4) 意外と怒りっぽいですが、忘れるのも早いので、まずい空気になったら軽く話題を逸らしましょう
その5) 基本的に肉体労働は嫌いです。運動不足になるので散歩代わりに1日1回外部視察の予定をいれてください
その6) 一人で食事を採るのを嫌がり、食事を抜いてしまったりするので、一緒に食べてあげてください。
・・・・云々』

(・・・あんたの男は、全く手のかかる男だよ。)
まんまと上官をとり逃がした新米補佐官マイルズは、心の中で前任ホークアイに愚痴り、一人大きくため息をつくしかないのであった。

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ハガレン二次創作 ■焔の錬金術師77 (ロイ×アイ)

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本日の予定を読み上げる秘書官の声に、目を瞑って耳を傾けている大総統である。机上に両肘をつき、組んだ両手の上にあごをちょんと乗せたいたってだらしない姿勢なので、ひょっとして居眠りしているのではないかとリザ・ホークアイが不安に思うほどであった。
「了解じゃが、もちっと早めの時間に昼食にありつかせて欲しいのう。年とると朝も早いから、ひと仕事終えたら、もう腹が鳴る。」
「至ってご健康そうで何よりではありませんか。」
リクエストに応じるため、ちゃっちゃっとスケジュール表に修正を書き加えながら、ホークアイは軽くいなすように応じた。
そのまま修正したスケジュール表を脇で控えていた補佐官に手渡し、今度は、代わりにとばかりに分厚い資料の束を抱えあげて、どさりと大総統の執務机に積み重ねた。小柄なちょび髭大総統の姿が隠れてしまいかねないほどの量である。
「ふぉっふぉっ。こりゃまた今日は一段とすごいねー。ワシ朝からすでに嫌になりそうじゃよ。」
だが、ホークアイは、この数ヶ月ですでに曲者大総統の力量と癖をすっかり把握していた。
「そうですね。本日はやや多めではありますが、恐らく閣下なら丁度午前中で目を通し終えることと思います。それに・・・」
リザは、きりりと澄ましていた顔を少しだけいたずらっぽく綻ばせた。
「・・・閣下の場合は、目の前にそびえる山が高い方がお好きかと存じまして。」

その台詞に、グラマン大総統はお見事、と満足そうに頷くと、早速書類の束に手を伸ばした。
「その通りじゃよ。山がね、確実に減っていくのを見るのがわし好きなの。しかし、前任と比べられてるかと思うと、ワシもちょっと緊張するのう。で、ブラッドレイの仕事の仕方はどうだったの?」
そうですね・・・。リザは一瞬だけ遠い目をしそうになる。見事な最期を遂げた隻眼の王。この執務室で交わした二人だけの会話の記憶・・・。
(私は、自分が人間でないという事に悩むほど弱くないんでね)
「・・・ブラッドレイ閣下は、大層真面目な方でした・・・。」
うんそうじゃろうそうじゃろう。グラマンは書類から目を離さず相槌を打つ。マルチタスク脳というべきか、複数のことを同時に進行させる器用さも、グラマンの特徴のひとつである。
「わし、基本的に不真面目じゃから、どうも昔から奴は苦手でねーっ」
くすり、とつい苦笑をもらしたリザに、面白そうに目を向けながら、グラマンはさらりと続けた。
「で、さらにその前のボスは?」

その前のボス、ですか・・・。リザは思わず考え込む。
「不真面目さでは、閣下といい勝負だったかと。ですが、仕事ぶりは残念ながら閣下ほど精力的とはいえず、とても手のかかる人でしたね・・・。」
グラマンは、ふぉっふぉっと声をたてて笑い、書類を投げて寄越した。
「その手のかかる奴が、こんな物を書いて寄越してきた。どう思うね?」
リザは、思わず資料を手にとった。
『イシュヴァール閉鎖区の解放と自治区開設について』
『国家錬金術師制度の廃止と国軍研究予算について』
それらは、どちらも重要な国家政策への献策であった。分厚い資料だが、少し目を通しただけで、どれもマスタング准将自身が起草しまとめたものであることが分かる。
「・・・不真面目と言ったことを撤回します。」
リザの台詞に、ふぉっふぉっとグラマンは再び楽しそうに笑った。
「いいじゃろう。君の台詞は奴には黙っておいてやろう。」

そうして、再びグラマンは二つの資料に目を通し始めた。ホークアイが自席に戻り、自身の実務をこなしはじめるのを横目で確認しつつ、グラマンの目はすうっと細められて行く。
(むう。マスタングの奴め、結構大きな勝負に出たな。)
グラマンは自分自身が長く東部の施政を取り仕切ってきたため、あの地区の抱える歴史的な民族問題というものを甘く見ていない。
もともとは、イシュヴァール人の方が原住民であったものを、我々アメストリス人が殖民し、追いやり、軍隊をもって無理やり従属させてきた。
イシュヴァール殲滅戦の後、わずかに生き延びた彼らは流浪の民となり、国情不安の原因ともなっていた。だから、再び彼らを”約束の地”に呼び戻し、自治区として発足させてやろうというのは、政策的な利点もある。
(・・・だが問題は、だ。)
ひとつは彼らの宗教。厳格で苛烈な教義をもつそれが、使いようによっては毒にも薬にもなる。流浪の民でいた時には、民族の心を励まし繋ぐ存在であったものが、再び一つ所に大勢の人間が集まりだすと、自ずと組織をまとめる上での実権を主張しだすのだ。
その難問を乗り越えて、彼らに自治を認めると同時にこのアメストリスの国家の一員でもあると認めさせていけるだろうか。
それに、ひとたびイシュヴァールの地を離れた者たちは、すでに数百年間同じ暮らしを続けてきた元の状態に戻ることのできない者も大勢いるだろう。彼らに、どう生活の手段を与え、社会を再構築していくか。
「・・・ま、再構築のワザは錬金術師の本領じゃろう。お手並み拝見というところかね。」
飄々と独り言のように呟くと、続いてもう一つの資料の方を開いた。
そして、それを読み始めたグラマンの顔つきは、先ほどの資料を読んでいた時よりも、さらに厳しいものへと変わっていったのだった。

*****

「ホークアイ君、今日は君もちょっと付き合いたまえ。」
そう命じられて、ホークアイは大総統専用車に一緒に乗り込んだ。
護衛のための車に挟まれつつ、大総統府からするりと発進させる。
あの事件で、かなり破壊の被害を受けていた大総統府ではあったが、ようやく再建を果たしつつある。それに比べ、本日の目的地である西街区は、かつての瀟洒な高級住宅地にまだところどころ市街戦の傷跡が残っている。
(・・・あれから、ようやく1年)
余りにも忙しい日々の中、時間はあっという間に過ぎて行き、感慨に耽ることも許されなかった。
穏やかな市民生活を守れたことに、心から安堵し満足する気分もある一方で、こうして街に残る事件の記憶を目の当たりにすれば、まだまだやるべき事は山積みなのだと訴えられている気分となり、ホークアイは思わず気を引き締め直した。

どこか思いつめた様な秘書官の横顔を、横目でそっと観察していたグラマンが、ふいに声をあげた。
「ほら、見えてきたよ。」
小柄な大総統が指し示した先には、見覚えのある懐かしい建物がそびえていた。

「ようこそお越し下さいました、グラマン大総統閣下。」
出迎えてくれたブラッドレイ夫人は、ホークアイの記憶にある通りの穏やかな笑みで、何も変わっていない。
一大クーデターの混乱の中で夫を亡くし、その後もグラマン政権下で監視を受けている立場である事を微塵も感じさせない穏やかさであった。
「ああ、これはホークアイさん。とても懐かしくって嬉しいですわ。」
自分の顔を認めて、優しく声をかけてくれた事に、リザは内心ほっとする。何せ、クーデター実行の現場の全てをこの夫人には見られているのだ。
その後の成り行きからいって、自分たちマスタング一派、そしてグラマン新政権の全てを恨んでいるかもしれないと、憂慮する気持ちがあったのだが、それはこの女性に対する侮辱であったと自らを恥じる気持ちでいっぱいになった。

「どうですかな最近は?何かご不自由はおかけしてませんかな?」
グラマンは紳士として帽子をとりつつ、勧められた椅子にゆっくりと腰掛けながら尋ねた。
「いいえ。不自由など何もありません。いろいろ配慮いただきありがとうございます。」
やりとりされた会話の空気から、ホークアイはグラマンがしばしばここを訪れているのだということを知る。
サービスされた紅茶を勧められ、いったんは恐縮しながら断ったものの、
「ホークアイさんは相変わらず真面目でいらっしゃるのねえ」
「そう頑なすぎるのも、かえって無粋じゃよ。こっちへおいで。」
とからかうような夫人の声と、鷹揚なグラマンの誘いに、観念してテーブルについた。

「お仕事は、忙しい?」
夫人は、カップに注ぎながら親しげに話しかけてきた。
「はい。ですが、大変重要な務めを任されておりますので。」
ああー堅い、堅い。リザの生真面目な返答に対し、グラマンは、破顔して大声で笑い出す。
「本当にねえ。この子、こんなに堅物で、わし困っちゃう。ブラッドレイはともかく、よくマスタングの下で我慢できていたものだと、感心しとるよ、わし。」
この子って言われちゃった・・・。リザは、なんとなく頬を赤らめ居心地の悪い気分を味わう。
(そりゃまあ、グラマン閣下や夫人からみたら、私なんて小娘なのかもしれないけれど・・・)

「少なくともあの人は、ホークアイさんの事は気に入ってましたよ。」
夫人の台詞に、グラマンはなぜか微妙に不機嫌そうになる。
「それはブラッドレイとは真面目同士、ウマがあったのかもしれんがのー。」
そうして、口髭を整えつつ言った。
「わしだって、大いに気に入っとるよ。」
な、何だかヘンな話の流れになったわ。リザがもじもじと落ち着きなく視線を泳がせ始めると、そんな様子の彼女に助け舟を出すつもりなのか、ブラッドレイ夫人がふいに話題を変えた。
「ところで、マスタング准将もご活躍と聞き及びますが、お元気そうですか?」
「・・・何でそこで奴の話題になるの?」
「あら、別にいいじゃありませんか。ホークアイさん、最近お会いになりまして?」

リザは、努めて事務的な口調で返答した。
「いえ。マスタング准将は、東方司令部にてご多忙の様子です。この1年間、中央へお越しになる機会はありませんでした。」
まあまあ。ブラッドレイ夫人はちょっと驚いたように口元を押さえた。
「まったく。普通だったら叛意でもあるのかと疑ってやりたくもなる状況ですが、まあえらく真面目にやっとるみたいなんでね。」
グラマンの台詞に、押し黙ったままのホークアイであった。だが、夫人は、紅茶と同じ色の年若い女の瞳をふいに覗き込むようにして言った。
「・・・我慢しすぎないのも、信頼の証ですよ。」
なんのことでしょう、ととぼけようとしたリザであるが、ぐっと言葉につまり見事に失敗した。そう、この女性には敵わない。敵うわけがない。だってあの孤高の男の魂を支え続けた人なのだから・・・。

夫人のにこやかな視線、グラマンの探るような視線、双方から逃れたい気分でぎこちなくカップの紅茶を一口飲んだ時であった。
「ママー、小鳥さん、小鳥さんが・・・」
小さな少年が、半べそで駆けてきた。小さな手に、怪我をしたらしい鳥を大事そうにくるんでいる。
「あら大変、すぐに一緒に手当てをしてあげましょうね、セリムや。」
少年は、ほっとした様子でやや元気を取り戻すと、安心しきった顔で母親の手にそっと小鳥を手渡した。
「・・・優しい子に育ってますな。」
口ではそういいつつも、グラマンの目は決して油断していない。じっと少年の様子を観察し続けている。
そう。かつてプライドと名乗っていたホムンクルスの最後の生き残りセリム・ブラッドレイは、鋼の錬金術師との対決の後、生まれたての赤ん坊の状態に戻って再びの生を生きようとしているのだ。
ほぼ嬰児の状態の義理の息子と再会を果たした時、ブラッドレイ夫人は喜びの涙を流したという。
その後、大変な苦労をしてこの普通の少年の状態へと育ててきた夫人の献身と愛は本物であり、さすがのグラマンにも、このかつて化け物と呼ばれた存在が第二の生をどう生きるかを見届けようという気にさせたのだった。
「ええ。大丈夫。私がちゃんとこの子を見守って育てていきます。」
そして、実に母親らしい顔を見せて息子自慢を始めるのであった。
「優しいだけじゃなくて、とても賢い子です。そりゃあ、普通の子とは違いますけど、この子はこの子。私と夫との自慢の息子ですから。」
人間は一人では生きられないってこと、そしてだからこそ人間は家族や仲間を求め強くなれるんだってこと。そう、人として生きるのならば。
「私がかつて夫に教え、逆に教わる事になったその事を、この子に伝えることが今の私の生きる意味になっています。」

ホークアイは、尚も話題が尽きぬ様子のグラマンと夫人を残し、席を立ってテーブルを離れた。
グラマンの好意で、夫人たちは旧大総統邸でそのまま静かに暮らしている。ブラッドレイづきの補佐官であった頃の記憶を辿るように、ホークアイは一人中庭を散策しようとした。
すると、燃えるように真っ赤に咲き誇る花で埋まった花壇の向こうから、ひょいと愛らしい少年の顔が覗いた。
少年がはにかむ様にホークアイを見上げたので、ホークアイは小さな少年に目線を合わせるようにゆっくりとしゃがみこんでやる。
おでこのへんてこりんな模様が、なんだか滑稽だけどそれもまた可愛らしい。艶やかな黒髪を優しく撫でてやっていると、少年は思いがけないことを言ったのだった。
「おねえさん、僕、おねえさんの事知ってます。」
「・・・?そうなの?」
昔のおぞましい記憶が残っているのであろうか。あの影の様な触手で結界内を自在に這い、死者生者問わず自らの中に取り込んでいた化け物・・・。
不吉な記憶が蘇り、思わずぞっと鳥肌がたちそうになる。
「夢に何度も見ました。ぼく、あなたの背中にある模様が綺麗だなあって見惚れて、そ、そして・・・」
少年は恥ずかしそうにもじもじした後、真っ赤になって小さい声で続ける。
「あんまり綺麗で素敵な模様だから、ぼく、お姉さんのお背中にそっと接吻するの。いつもそこで目が覚めちゃう。」

リザはただ無言のまま少年の目をみつめた。少年の瞳は美しく澄んでいる。なんだか哀しい気持ちになるほどに。
少年の記憶がどこからきたのか。誰のもっていた記憶なのか。リザはその事に思い当たると、ふいに湧き上がってきた感情を自分でも持て余した。
リザはぎゅっと少年を抱きしめた。そして、少年の額、彼の背負った宿業が刻まれた文様に、そっと優しく接吻をする。
少年は、顔を赤らめるでもなく、目を瞑った状態で静かにその接吻を受けとめると、ゆっくりと目を見開いた。
「・・・ありがとう。きっともう、これで夢は見ない。」

まるで一瞬の短い夢を見ていたようであった。リザは、いたいけな少年の中に、紅蓮の男の幻を確かに見たと思った。
だが、小さく呟くような台詞だけを残し、少年はくるりと背中を向けて駆け去ってしまった。リザには、その後をしばらくぼうっと眺めていることしかできない。
(あの少年と共に・・・)
異端であった男の魂もまた再びの生を生きるのだろうか。そして、彼はきっと知るのだろう。母の愛、人の愛、人との絆の素晴らしさを・・・。

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●バレンタインの惨劇

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このエピソードは、この春に私が突如、長年馴染んだ草食系システム部門から、肉食体育会系部門へと異動したことから始まっております。

●女子力ルーキー

異動した早々、新部署のヤングでプリティーな素敵女子ご一行様から「女子会」に誘われるなど、異文化に驚きつつも、それなりに馴染みつつあったメイさんを、悲惨な運命が待ち受けておりました。
そもそも、女子力高い集団が実効支配するこの部署にあって、バレンタインに何かが起きるだろうということを全く予測も警戒もしていなかった自分の危機意識の低さをいたく反省しておる次第です。

バレンタインの企画を考えました
ハートハート
残業が続く毎日ですが、皆で和気藹々と盛り上がりたいですね。そこで、企画を考えましたので、ぜひご協力うんぬん・・・。

例によってハートマークつきのメールが届いた時、私はなかなかに忙しかったこともあって、「あ、なるほど。さすがですね。では私も一口のらせていただきましょう。」とばかりに即効で了解とメール返信いたしました。デキる女はメールをためこみませんことよおほほ。
きっと皆で少しずつお金を出し合って、部署の男性陣に配ってあげるのだろうと、そう単純に認識したのでした。健気じゃありませんか。従って、そこに続くなにやら長~い説明文やら添付ファイルなどは一切スルー。これが全ての失敗のもとであり、その後起きた悲劇も自業自得としか言えないのであります。

バレンタインの前日にも、リーダー格の綺麗どころがしょっちゅう集まっては何やら一生懸命準備している様子。それを見かけても、「忙しいのに、偉いなあ。やっぱああいう子達がいるから部署の雰囲気がいいのね。」といたく感心したりしておりました。
そして迎えた当日。

私は正直、その日がバレンタインだということもすっかり忘れていたくらいでした。
え?ダンナにあげないのかって?自慢じゃありませんが、私結婚前に1回あげたことがあったかどうか、程度しか記憶にないです。おととし、買っておいたチョコを娘にこっそり喰われてからはもうきっぱり止めました。
以前の部署でも、腹が減った私のご機嫌をとるためにお菓子をくれる男子はいても、私から菓子をもらおうなどという勇気ある男子はおりませんでした。

突然、隣のチームのT部長から、女子一同あてのメールが届きました。
「本日は私のような者にもモロゾフを頂戴してまことに感激いたしました云々・・・」
普段はカミソリと恐れられる男のあり得ないほどに腰の低い文面を見た瞬間に、何かが始まった事を知りました。
「ああ、やっぱり若い素敵女子にチョコをもらえるのは、男性にとっては嬉しいことなのだなあ」としみじみしておりましたところ、イベントタイムの始まり始まり。

ミニチョコのつかみどり大会。ガタイ自慢の体育会系男子たちが、つぎつぎと熊のような手で袋に手をつっこみチョコをわしっとつかみあげます。
都度あがる、きゃーっという歓声を横に、私は顧客の激怒メールへ大至急返信を打つために、必死の形相でパソコンに向かっておりました。
だけど、賑やかなのは別に不愉快なものではなく、むしろテンパッてしまい祭りの雰囲気に参加できないのを残念に感じていたのです。
ええ、この時までは笑。

盛り上がる中、女子Aが私のところに駆け寄ってきました。
「あの、メイさんのキャッチコピー考えました。これでいこうと思いますが、いいですか?」
手渡されたメモには、『私、飲んだらすごいんです』の文字が。キャッチコピー??私は何のことか分からず軽く首をかしげましたが、少々テンパっておりましたし、深く考えない性格ゆえに、いいよいいよと生返事をいたしました。

次に駆け寄ってきたのは女子B。
「あの、メイさんのお名刺を1枚あずからせてください。」
は?名刺?私はますます意味がわからず困惑を深めましたが、スマホの向こうで怒鳴るクライアントの相手をペコペコしつつ、一枚をつまみあげ彼女に手渡しました。

そして、ようやくトラブルが一段落して、電話を切った私。ああー疲れた参ったなーなどとため息をひとつついておりましたら、どうやらいよいよバレンタイン企画のメインイベントが始まるらしい。ぼうっとした頭でそちらに注目しました。
「それでは、商品のくじびき大会をはじめまーす。なんと、引いたカードの女子をランチに誘える権利をプレゼント!」

・・・ふ、ふうん・・。
この時の私の感想を正直に書きましょう。
「・・・その発想は無かった・・・」
いやあ、自分たちとランチができるということが賞品になるって、相当な自信がないと出てこない発想ですよ。人生でただの一度もモテ系素敵女子であった時代がない私にとって、目から鱗としか言い様がありませんでした。
しかし、彼女たちも根拠なくこんな企画をたてたわけではないのでしょう。しょっちゅうしつこいお誘いを受けているに違いありません。実際に、若い猛獣の群れたちは、うおーと雄叫びをあげんばかりに大いに盛り上がっておりましたので。

若干引きつつも、誰からカード引くかでじゃんけんを始めた男子達の姿を眺めていたその時、ぴきーんといやな予感がして、私の背筋が凍りました。慌てて、近くにいた女子Cを捕まえて尋ねます。
「ちょっと、あのさ・・・。まさかとは思うけど・・・・もしかしたら・・・あの中に私の名刺も入ってるんじゃ・・・・」
女子Cは邪気の無い笑顔で元気良く頷きました。
「はいっ。もちろんです。盛り上がってて楽しいですね!」

ひいいいいー。やーめーてー。
私完全白目。仕事の失敗や苦情ごときではへこたれませんが、こんなダメージ喰らったことは久しくありません。誰か助けてお願い。
蒼白になって女子Bの手をひっぱり、小声で耳打ちします。
「あの、あの、私の名刺、返して、お願いっ」
しかし、女子Bは、心底びっくりしたようなくりんくりんのお目目を向けた後、お茶目に首を振りました。
「だ、め、で、す、よ、メイさんてば。メイさんだって女子一同なんですから~」

・・・・気絶。即死っす。打たれ強さに定評のある私ですが、もう完全ノックアウト。

そして、いよいよジャンケン大会で勝利した若手男子E藤が、鼻息も荒くおおはりきりで名刺袋に手をつっこみました。
「きゃー大当たりですーE藤さん!メイさんとのランチ権ゲットー!!」

もうその瞬間の私のいたたまれなさは異常。E藤よ、許せ。
君は何が悲しゅうて、カワイコちゃんでなくて上司の私を二人きりランチに誘わねばならぬ事になったのであろう。そんな目でこっちを見るな。私だって泣きたいんだ。

その後、律儀にして仕事のできる彼女らは、しっかりと私の名刺にE藤のハンコをもらって私の元へと返却してきたのでありました・・・・。
神よ、私もうライフゼロです。この辺で許してくれますか?お願いです・・・・。
無言となりデスクに座りこんだ私の頭の中では、アフリカのサバンナの幻想風景が浮かんでおりました。
集団で狩をするメスライオンの狩場に迷い込んでしまった母カバさん。巨体ゆえに攻撃は受けないけれども、やたらチームワークのよい雌ハンターたちがぐるりと輪になって取り囲み、スキップダンスしながら語りかけてきます。「ねえ今どんな気持ち?どんな気持ち?どんな気持ち?・・・」
その輪の中心でしくしくと泣いているだけのカバさんが今の私・・・・。しくしく。しくしく。

ランチ仲間である別部署の同僚(アラサーおよびアラフォー)に事の顛末を報告したところ、彼女たちは一様に同情の声をあげ、人によっては怒り出していましたね笑。
うん。もし私がアラサーであればもしかしたら怒ってしまったかもしれません。しかし、幸か不幸か私は、一番微妙なお年頃であった30代前半をのりきり生き延びてきてますんで、怒りを感じるステージからは1周遠ざかった位置におり、彼女たちに悪意などこれっぽっちも無かったであろう点については確信できているのです笑。女子たることに矜持を持つ彼女らにしてみれば、目上の私を女子扱いしないなど、許されぬ無礼だと考えていたに違いないのです。
それに、そもそも大前提として、あのノリは普段から部署の空気が良くなくてはできません。だから私は喜ぶべきなのでありましょう。断じてジョーカー(つか、リアルババ抜き・・・)と化した事をひねくれて受け止めてはいかんっ。いいぞ、私前向き。

だいたい、事の発端はといえば、私のいいかげんさにありましたしね。ぶっちゃけ私も、あんなに慌しい状況でさえなければ、一緒になってE藤に投げキッスのひとつでも送って盛り上げてやったくらいの心の余裕は保てたかも。 
何と言っても一番可哀想なのはE藤キミだってことを私は知ってる笑。今頃きっと、どうやって私をランチに誘ったらいいのか、眠れぬ日々を過ごしていることであろう。不憫な奴よ。

ただーし、女子会諸君へ告ぐ。来年ももし私がこの部署にいたら、こんなロシアンルーレットはやめていただこう。
私は、最早チョコをあげる存在ではない。もらう側の生物へと進化を遂げたのだ。女も40過ぎるとそう進化することを教えてあげようぞ。
・・・ふっ・・・。(←哀・愁)


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ハガレン二次創作 ■焔の錬金術師78 (ロイ×アイ)

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「・・・なんでこいつがここにいるんだ?」
最高に不機嫌な声で問いただす上司に対して、赤い目をした補佐官は澄まして答える。
「こちら両名とも閣下とお会いするのは初めてだと、そう申しておりますが?」
何をしらじらしい・・・。マスタングはむすっとした顔で将軍としての軍帽を目深に被りなおす。
(確かに、ドクター・マルコーとは取り引きをし、名を変えてこの地へ移り住むことを認めた。だが、よりによってこいつは・・・)
傷の男。かつて自分の命をつけ狙っていた男が、あの約束の日を生き延びて、ここイシュヴァールの地にいようとは。
「このドクターはキャンプで暮らすイシュヴァール人たちに大層人望厚く、この後の政策にも協力を申し出てくれています。また、こちらの人物は・・・」
マイルズは、形だけは紹介するような素振りで手を男の方に向ける。
「イシュヴァール人たちが宗教的指導者と認めている者ですので、閣下のお役に立てればと、お連れしました。」

額に大きく傷跡を残す男は、ドクターに続いて入室してきてから後ずっと無言であったのだが、ようやく口を開いた。
「・・・俺は宗教的指導者などではない。」
「ほう。では聞くが、貴様は一体何者で、何をするためにこの地にいるのだ?」
東方司令部長官と呼ばれる男が、威厳をもって問いかけた。
「この地に再びイシュヴァールの国が築かれるのを神が赦すかどうかをこの目で見に来た。名など捨てた。故に勝手に”師”などと呼ばれているだけだ。」
ふん・・・。マスタングは表情をやや用心深いものに改めつつ、再び尋ねる。
「貴様の意志など関係ない。師としての立場でこの場に来たからには答えてもらおう。貴様は、我々アメストリス軍から武力をもってイシュヴァール独立を勝ち取ろうと、そう考えているのか?」

激務の中、少数の護衛だけを引き連れて宿命の地を訪れた男の黒い瞳は真剣であった。
マスタングが大総統府へと行った献策がすでに噂として広がってしまい、各地へと散らばっていた流浪の民がぞくぞくとこの地に集結しつつある。
多くは、か弱い老人や女子供も含む一般人で、貧しい身なりをした彼等は生活の疲れが隠せない。
治安視察のために訪れたマスタング一行に、一様に暗い目を向ける彼等の姿に、マスタングはこの先待ち受ける事業が想像以上に困難であると覚悟を新たにせざるを得なかったのだ。
キャンプで寝泊りする人数が急速に膨らめば、イシュヴァール人同士での揉め事も起きるし、そもそも食料や衛生事情などが今の配給体制ではもう支えきれそうもない。
だが、大きな軍の部隊を投入すれば、感情的な対立を煽りかねず、少々頭の痛い事態になっているのである。
今、イシュヴァールの民衆を激発させてはならないのだ。だから、もしこの傷の男が煽動的動きをとる気であれば・・・。
マスタングは、軍人としての不穏にして冷徹な目で対峙する相手を見据えた。

その黒い目を正面から見返して、傷の男は言った。
「言ったはずだ。俺は神が赦すかどうかを見るだけだ、と。俺は、神によってイシュヴァールの民に全てが認められているなどとは考えていない。」
「・・・ほう。だがそれは、正統なイシュヴァラ教の教義とは随分異なるのではないか?」
思わず口を挟んだのは、マイルズであった。彼はイシュヴァラ教徒ではなかったが、イシュヴァールの血を引く祖父から教えを聞いたことがあったのである。
「俺は、神から選ばれ与えてもらっていた民であるという教義には興味もないし、賛成しかねる。それに、煽動の意志もない。」
「・・・そんなんで、本当に宗教的指導者が務まるのか?」
思わず心配になって尋ねてしまったマスタングに対して、傷の男はむっとして短く応じた。
「だから、俺は宗教的指導者なんかじゃないと言っているだろうっ」

「まあ、今日のところは、いい。」
相手の言葉に嘘はないと判断し、マスタングはため息と共に椅子から立ち上がった。
「ご足労をかけたお詫びに、見送りくらいしよう。」
将軍自ら見送るんだぞう、と威厳を示そうとはしてみるものの、本当に少人数の精鋭部隊だけしかいないためいまいち迫力に欠ける。
「・・・こいつは、まだどう出るか分からん。監視を怠るな。」
そう低い声でマイルズに囁く。指示を受けたマイルズは、半ば苦笑と共に了解、と頷き、そっと後ろに控えている部下へと指示を伝えようとした。

その時であった。一行を遠巻きに眺めていただけのキャンプ民の集団から、ひゅっと飛び出してきた影。
その手に何か光るものあり、と認めた軍人たちが咄嗟に引き倒しにかかったが最早遅かった。
マスタングは、自らの腹につきたてられたナイフを見て、呻き声の代わりにただ自嘲の笑みをもらす。
「許さないぞ!僕たちは、絶対にお前たちを許さないぞ!」
まだ12~13才くらいの年端もいかぬ華奢な少年が、数倍の体躯の軍人たちに押さえ込まれながらも、声を張り上げ叫び続けていた。
一部始終を目撃した周囲のイシュヴァールの女子供が一斉に悲鳴をあげる。
それに呼応して軍人たちも緊張し一斉に身構えた。

騒然としかかったそこへ、マスタングの一喝が響き渡った。
「騒ぎ立てるな!かすり傷だ。」
そして、やや青い顔をしながらも歩き始めようとする上官の身体を、マイルズが咄嗟に肩を差し出し支えた。
「・・・だが、そこの少年が行ったことは犯罪だ。保護者と責任者に来てもらうことは止むを得まい。」
声を振り絞ってはいるものの、次第に声に苦しさが滲む。マイルズは、何とか崩れ落ちず立ったままもちこたえているマスタングが、決して軽傷ではないことを見て取って唇をかんだ。
すると、その時。
「その少年は孤児だ。親はいない。ドクターに保護者として引率してもらおう。」
傷の男の声がした。ドクター・マルコーはその台詞にはっとしてすぐに頷く。
まだ混乱し己のしてしまったことに慄いている少年を励ますようにして手をとると、軍人たちから守るように肩を抱いてまず落ち着かせてやる。
そしてそのまま、不安と緊張がはりつめる衆目の中をゆっくりと歩き、軍人たちと共に無事軍用車に乗り込んだのだった。

軍用車の発進音が響くと、見守っていたイシュヴァール民たちが、急に夢から覚めたように声をあげ始めた。
「おい!あのままアメストリス軍の奴らを帰していいのか!」
「そうだそうだ!同朋のあの少年を取り返さないと!」
だが、その燃え上がりかけた民衆の動きを、傷の男の怒声が止めた。
「落ち着け!ここで騒ぎ立てたら、再び悪夢が始まると分からんのか!」
戦士たる男が仁王立ちで放つ覇気は、辺りを十二分に萎縮させはしたものの、火の点いた感情はなかなか収まらない。
「尊師!尊師はそういうが、アメストリス軍は俺たちをこの地から追いやった許せない敵だ。」
「そうだ。この地は神が我らに与え給うた地。我らに再び与えられるのは当然の権利だ。」

傷の男の同朋を見る赤い目が、猛々しいものから静かに澄んだものへとゆっくりと変わった。
その上で、まるで独り言のように呟かれた次の言葉が、イシュヴァール人の心を打った。
「神であれ何であれ、人から選ばれたり、与えられたり。そんなものが我らの誇りに繋がるのか?」
もし本当に神がいるのであれば。傷の男は続けた。
「自ら責を負い汗を流して築いた者にこそ与えられる。これが真の誇りだと俺は思う。」
キャンプで物乞い同然のその日暮らしを続けてきた人々は、ある者はうなだれ、ある者は瞳を燃え上がらせながら、傷の男の言葉を噛み締めたのだった。

*****

「いいですか。抜きますから、ちょっと力を抜いて楽にして。」
救護車の中でマスタングの応急手当を始めたドクター・マルコーは、刺さったままだった小さなナイフをゆっくりと抜いた。
飛び散った鮮血に、少しだけ顔をしかめつつ、呟く。
「まあ、咄嗟に抜かなかったのはさすがというか、正解でしたね。ちょっと輸血が足りなくなるかもしれません。結構な出血だ・・・」
それにしても、と首をふりふりあきれた様にため息をついた。
「マスタングさん、もとからある腹の火傷跡だけでも結構すごいのに、さらにこの傷が重なっちゃあ、さすがに壮絶なことになりそうですね。」
青い顔をしたまま輸血と仮縫合を受けるマスタングは、先ほどまでの威厳を保っていた姿とはうってかわって、さすがにぐったりと参った様子である。
気絶していないだけでも、さすがというべきであったかもしれない。
「・・・傷の男の異名をもらうのは、あいつ一人だけで十分だ。こう見えても私は人気商売だから、大事な顔に傷がつかなかっただけよかったよ・・・」

(・・・この人、相変わらずだ。)
どこまで本気で言っているんだか。どう反応してよいものやら困ったマルコーは、ふいに浮かんだ事を尋ねてみた。
「そういえば、私が預けた賢者の石。あれがあれば役立つんですがね。さすがに、貴方の目の治療に全て使ってしまいましたか?」
ああ、あれか。マスタングはやや苦しげに息を乱しつつ答えた。
「あれは、結局使わなかったんだ。それで何とかなっちゃったから、それで良かったんだろう。あれにはきっと他の何かの役割があると思って大事にとってある。」
その事実を初めて知ったマルコーは、ちょっと驚いた様子だったが、そのまま黙って治療を続けた。
もし使わなくて済んだのであれば、それでもよい。あの石にはその原材料とされた人間たちでなく、それを手に入れようとしてきた者を含む無数の悲しみと苦しみ、そして希望と祈りが込められているのだから・・・。
それが求めてやまなかった大勢の手をすり抜けて、最終的にこの男の手に渡ったということにも、きっと何かの意味があるのだろう。

やがて、応急処置を終えて専用車に戻ったマスタングの傍らに、いつも通りのポジションで乗り込んだマイルズである。
「あの少年はどうした?」
すぐに問うてきた上官に、てきぱきと回答する。
「簡単な職務質問をして調書をとった後、すぐにドクター・マルコーと一緒にキャンプ地に送り届けさせました。未成年だし、法的には問題ないでしょう。現場では、あの傷の男がどうやら事を収めてくれたようですよ。」
そうか・・・。マスタングはようやく安心したかのように頷くと、思い出したかのように急に腹を押さえてうずくまった。
部分麻酔が切れてきたのか、痛さに悶絶している少々情けない上官の横顔を黙ってみつめていただけだった彼が、静かに口を開いた。
「・・・貴方、わざと刺されましたね、閣下?」
「わざと刺されるアホがいるかっ。油断していたんだ、油断!」

大声で怒鳴り返したために、腹に響いたのかまたも悶絶している男の姿に、マイルズはあきらめの様なため息をひとつついただけだった。
「あなたに倒れられちゃ困りますから、しばらく静養できるように手配します。任せておいてください。」
「・・・珍しく優しい事言われると、不気味だ。」
「優しくしてくれるのが美女でなくて、申し訳なかったですがね。」
マイルズは、青い顔してうんうん唸っている男の顔を、いつになく真面目な目で見上げた。
(この男が、そんなに簡単にやられる訳がない)
配属されて早々に目撃した、戦士として強力なオーラを放つ姿が目に焼きついていた。数々の地獄を渡り歩いてきたこの男が、あんな少年の刃になど反撃できぬ訳がないのである。
そう。この男は、あの瞬間、焔を用いなかった。咄嗟の事であったのに、イシュヴァールの少年を火達磨にすることを意志の力で避けたのだ。

「ドクター・マルコーら他の錬金術師と違って、貴方が人柱とやらに選ばれた理由がだんだん分かってきましたよ。ホムンクルス達が必要としていたのは、膨大な人間の魂を術のエネルギーへと変換する機能を備えられる人材だったんでしょう?つまり、その自分自身の魂はもっていかれないまま機能し続けるという条件を満たさなくてはならない。肉体と魂の結びつきが強い人間とは、要するに強靭な精神の持ち主ということなんですね。貴方という男を見ていると、それが良く分かる。・・・あれ?」
マイルズは語りかけていた言葉をふいに噤み、首をかしげた。
「・・・聞いてますか?・・・」
マスタングから何も返答がない。
(・・・もう寝てる・・・)
疲れてしまったんだか、気絶してるんだかよく分からないものの、マイルズは苦笑しながら用意してきた毛布を上官にそっとかけてやったのだった。

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ハガレン二次創作 ■焔の錬金術師79 (ロイ×アイ)

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東部から到着したばかりの伝令官が、早々にグラマン大総統へ報告を始めた時、リザ・ホークアイは丁度ボスが飲み干したコーヒーカップをデスクから下げようとしていた。
「視察中だったロイ・マスタング准将が、イシュヴァール人に刺されました。」
がちゃん、と陶器のぶつかる音が伝令官の第一声を遮る。グラマンと伝令官は、音に吊られるように振り向いて、蒼白の顔色をした女補佐官を見やった。
「・・・し、失礼しました。報告を続けてください。」
ホークアイが慌てて詫びると、伝令官ははっと敬礼をして再び報告を始める。
「重傷ではありませんでしたが、現在は治療のためイーストシティ軍病院に入院しています。犯人は少年でしたが既に釈放。幸い暴動には至らず、事態は収束に向かっております。」

「・・・命に別状は無かったからいいようなものの。」
報告を終えた伝令官を下がらせると、グラマンは深いため息をついた。
「やはり、イシュヴァールは難しい情勢の様じゃな。さて、どうするか・・・。」
腕組みして何事かを考え始めた大総統の傍らで、黙って屹立したままの秘書官あったが、ふいに声をかけられてはっとした。
「さすがの君でも、動揺する事があるんじゃねー。いやいや珍しいところを見せてもらった。」
ふぉっふぉっと声を立てて笑われても、ホークアイは一言も言い訳できない気分であった。本当に、刺された、という言葉が耳に飛び込んできた瞬間、目の前が真っ暗になったかと思ったほどの衝撃だったのだから。

「ホークアイ君、ちょっとこの私の代わりに東部へ行って来てくれたまえよ。」
まるでお使いを頼むみたいに軽い調子で発せられた台詞は、だがすぐに少々不穏な響きへと変わる。
「無論、重要な仕事じゃよ。いきなり将官級を送り込むわけにはいかん。後任人事やら派閥やらで話が大きくなりすぎるからの。じゃが、実際問題として、奴の提起したイシュヴァール地区解放の機が熟しているのかどうか、それを誰かが行って見極めねばならん。」
という訳で。グラマンは声をひそめた。
「・・・あくまでも極秘で。頼んだよ。」
ホークアイは、表情をひきしめつつ、はっと敬礼で大総統の命令に応じたのだった。

*****

翌日、東部へと向かう夜行列車の中で、ホークアイはうとうととまどろんでいた。
急遽決まった東部行きであったために、引継ぎやら準備やらに追われほとんど睡眠をとれなかったのだ。無論、大事な愛犬を今は尉官に出世しているフュリーへと預けることも忘れない。
幾度か短い夢を見た。その中には、確かに懐かしい男の黒い瞳が出てきたようにも思うが、その記憶はまるで掴もうとするとすぐに消えてしまう幻のようにはかなく頼りなく、ひとたび夢から覚めてしまえば、ほとんど何も思い出せない。
東部の駅で、東方司令部の担当者と落ち合い、そこからさらにイシュヴァール行きの列車へと乗り換える予定だった。
順調にいけば、明日の午後にはイシュヴァールの地が踏めているはずである。
(いったい何年ぶりかしら・・・)
全ては、あの乾いた赤い大地から始まったのではなかったか。軍にとびこんで早々に味わった生涯忘れ得えぬほどの地獄。そしてあの人との再会・・・。
「仕事が終わったら、イーストシティにも寄らなくては、ね。」
独り言のようにぽつりと呟く。そう、イシュヴァール視察を終えた後、入院したという東方司令部長官のお見舞いに訪れる事くらいは許されるだろう。
一応は大総統の代理の名目で視察に来ているわけなので・・・。
かすかな心のざわめきを押さえつつ、一体何に対して説明しているのか自分でも定かではないままに、何となく心で言い訳してみたりする。

やがて、朝焼けに空が赤く染まる頃、列車はイーストシティの駅へと到着した。
ほとんど利用客がいなかったらしく、降り立ったホームに人影はまばらである。
よいしょ、と大きな手荷物を掴み上げ、ぐるりと辺りを見渡す。
すると、長いホームの先に幾人かの軍服らしきシルエットが見えた。先方はまだこちらに気づいていない様子である。
迎えの担当者に違いない。ホークアイは、ひやりとした朝の空気で目を覚ますかのように、男たちに向かってゆっくりと歩き始めた。

カツン、カツンと最初はゆっくりとしたリズムで鳴っていたホークアイのブーツは、だがしかし、途中から次第に速度を増し始めた。
最初、あ、と気づいた瞬間に胸がどきりと鳴った。やがて、その姿が近づくにつれ、どんどんと胸の鼓動は高まり、気づけばホークアイは途中から夢中で駆け出してしまっていた。
朝日を背に受けていた男たちが、ようやく気づき揃ってこちらを振り向く。ホークアイの視線の中で、懐かしい黒髪の男がびっくりした様な顔をして振り向いたと思ったら、白い歯を見せて笑い、大きく腕を広げた。
そして、まるで小さな子供みたいに無心となった女が、男の腕の中に飛び込んだ。
「あいててて・・・。ホークアイ大尉、まだちょっと腹が痛いんだ・・・。」
夢中で背中に回した両腕もそのままに、ホークアイはただ男の胸に埋めたままの顔を上げられない。情けない自分の半べそ顔なんて絶対に見られたくなかった。
困った様に笑うマスタングは、ただ優しく金髪を繰り返し撫でてやる事しかできない。
気づけば、同行していたマイルズと傷の男の二人が、揃ってあさっての方向を見やり咳払いなんかしていた。武士の情けの見ないふりというやつに違いなかった。

「入院したと伺いましたが、大丈夫なんですか?」
乗り換えた列車個室の中で、ホークアイが心配そうに尋ねる。
「公式にはまだ入院中だよ。だから、今日のこれは、厳密には非番扱いだ。」
そういっていたずらっぽく笑う男の顔色は思ったより明るく、女はようやくほっとする。
「・・・それにしても、大事に至らず済んだのは本当に良かったですし、お見事でした。」
うん、まあね。マスタングは少しだけ褒められた子供みたいに得意そうな顔をしたが、軽く列車の席の上で伸びをした。
「傷の男がいたのに、驚いただろう?実は、やつに助けてもらったようなもんでね。」
そうして、マスタングは簡単に傷の男の立場と、彼によってまとめられている流民たちの事情を簡潔に説明した。
「・・・という訳だ。大総統からお目付け役として派遣されてきた君に、何も隠し事はできないけれど、あの男とドクター・マルコーの事は私の裁量に任せて欲しいことなんだが、駄目かな?」
ホークアイは、黙って男の説明に耳を傾けていたが、しばらく考えてから言った。
「とにかく今回の私の仕事は、グラマン閣下に代わってイシュヴァールの実態をこの目で見ることですので。」
相変わらず固いね君は、と男は薄く笑う。
「つまり、今の君は”大総統の目”という事か。実に君らしいじゃないか。」
ホークアイもまた、つられた様にくすりと笑みをもらした。
「お褒めに預かり光栄です、マスタング准将閣下。」

昼すぎに着いた列車は、現地の部隊の幾人かによって迎えられたが、ホークアイは現地駐留要員の少なさにまず驚くこととなった。
(・・・なるほど。話に聞いていたよりも、すごい人数に膨らんでいるわ・・・・)
貨物列車が届くたびに、てきぱきと配給部隊が仕分けをし、キャンプ民たちが暮らす仮設の居住区へと運搬していく。
だが、急ごしらえの居住区は既に満杯で、あふれ出た流民たちが配給場所へと群がる有様は、ぎりぎり秩序を保てているのが不思議なほどである。
「・・・また増えたな。」
低い声で呟くマスタングの声に頷きながらも、鋭い観察の目を向けていたマイルズが、質問した。
「あの集団はいったい何だ?」
マイルズの指が示した先には、4~5名の男たちが集団となっており、列に並ぶイシュヴァール人たちに何事か指示を出しているように見えた。
「あれは、自警団だ。急ごしらえだが、我々の中から有志の者が集まって始めることにした試みのひとつだ。」
傷の男のいらえに応じて、マスタングらはよく観察しようと目を凝らした。自警団は屈強な男たちばかりとはいえず、白い髪の老人もいれば、まだ少年といった方がよさそうな年若い者も混ざっていた。
「ただ与えられるのを待つだけでは駄目なんだと、ようやく我々も気づいて動き始めたということだ。」
「・・・そうか。」
マスタングは表情を引き締めなおして頷く。
「上手くいくことを私も望んでいる。軍部としての介入を最小限に止めたいからな。」
「それは、こちらも同じだ。そちらに介入の口実を与えたくない。」
傷の男とマスタングのやりとりに耳を傾けつつ、ホークアイは二人の複雑な立場を理解するしかなかった。
立場が変わっても、この二人は対峙し合う宿命なのかもしれない。
(だけど、なんとなく面白い二人だわ・・・)
そう、かつて復讐者と復讐される者として出会ったこの二人。今は、対立しつつも同時に新しい道を築こうとする同志でもあるのだった。

「今夜は、あそこでお休みになりますか?」
マイルズが、軍用施設の一帯にあごを向けながら確認のために問いかけた。それは、かのイシュヴァール殲滅戦の遺産でもある。
だが、マスタングは軽く首をふって応じた。
「いや。ホークアイ大尉には、ぜひ視察してもらいたい場所がある。悪いが、あの”谷”へ案内してくれ。」
(・・・?・・・)

不思議に思いつつ軍用車で向かった先には、ホークアイが初めて見る光景が待っていた。
「・・・これは・・・遺跡、ですか・・・?」
夕暮れの近づく赤い大地の中に、突如としてぽっかりと現れた暗い裂け目の様な穴。
そこを促されるままにゆっくりと降りていくと、赤い壁に囲まれた自然の回廊がどこまでも連なっていた。
深く潜るほどに地上に開いたわずかな隙間から陽光がゆらめくように降り注ぎ、時として赤い砂がさらさらと舞うように降ってくる。
その荘厳なまでの美しさに思わず息を呑んだ。

「ここは、イシュヴァール人たちの聖地のひとつだ。彼らは”神殿”と呼んでいるが、どうやら自然に作られた場所のようだ。」
マスタングの説明に、案内役を務めていた傷の男が静かに口を開いた。
「我々はここを神が住まう場所として、ずっと長い間アメストリス人たちにも隠していた。」
なるほど。この赤い大地の中に突如として現れた谷は、悠久の時の中で水と砂と風の力で削られ形作られたものに違いなかった。
「だが、本当の神殿は、まだこの先にある。」
傷の男が先導して進む先が、今度は一転して上り坂となる。
野戦地用のリュックを背負ったホークアイは、自らも少々息をきらしつつ、傷の癒えていない男をそっと気遣うが、少しばかり強がっているのか、マスタングは黙ったまま歩調を乱してはいない様子であった。

やがて、ようやく登りきった場所に、突如として現れた石造りの建物。今度こそ、これは遺跡で間違いない。だが、この建物は・・・?
「これは・・・この様式はどこかで見たことがあります・・・」
過酷な自然の条件下で歳月を重ね廃墟と化しているその建物は、アメストリスやその近隣の国はもちろん、イシュヴァール人たちの建築様式のどれとも異なる様であった。
しかも、ところどころにうっすらと残されている文様。それは・・・。
「そうだ、間違いない。これは錬成陣の跡だ。ホークアイ大尉。」
重々しくマスタングは頷いた。

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ハガレン二次創作 ■焔の錬金術師80 (ロイ×アイ)

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「各地を流浪していたイシュヴァール人によると、これはクセルクセスの遺跡と非常に良く似ているという証言がある。あるいは、もっと古いものかも・・・。」
崩れかけた壁に残された大きな錬成陣の前にたつと、マスタングはそっと一同を手招きした。
「私も、傷の男からこの事を聞いた時、最初は信じなかった。他でもないイシュヴァール人が守ってきた聖地の最奥に錬金術の痕跡が残っているなんて。」
だが、ほら見たまえ大尉。マスタングが指し示した箇所には、間違いなく見覚えのある雌雄同体の竜の絵が描かれていた。
「クセルクセスの遺跡を見たことがある人間がアメストリスには3名いる。ブレダと、マリア・ロスと、そして・・・」
「・・・鋼の錬金術師だな。」
傷の男が低く呟く声に頷いて、マスタングは続ける。
「私は、まずブレダを呼び寄せて、私の仮説を確認させるつもりだ。そして、無論鋼のやつにも来てもらう。何か我々の知りえなかった重要な事実が隠されている気がしてならないんだ。」
ま、今は鋼の錬金術師という銘は廃業してるようだがね、と焔の錬金術師は軽く首をすくめた。

「それにしても不思議ですね。いくら秘密の場所とはいえ、こんなに長い間、この場所を隠し通せて略奪などの被害にも遭わなかったなんて。」
「・・・それには理由がある。」
傷の男はゆっくりと登ってきた道の下方を振り返って指し示した。
「先ほど通ってきた赤い回廊を見ただろう。あそこは、ひとたび雨が降ればどういう事になるか、分かるか?」
はっと気づいてホークアイは口元を押さえる。
(なるほど、あの谷には赤い大地から一斉に水が流れ込むのだわ。だから自然の力であんな風に削り取られて・・・)

やがて、遺跡からしばらく歩いた先の、ほど良く開けた場所にたどり着くと、一同を迎えた者たちの姿があったのにホークアイはまたも驚かされた。
「我らの聖地だ。ここもまた警護の対象と捉えている。」
キャンプ地で見たのと同様に、急ごしらえの様子は隠せてはいなかったが、警護団の面は誇りに輝き、アメストリス軍幹部の訪問に対して、きちんとした挨拶をした。
「マスタング准将閣下、ですな。私はこの団の代表の者です。」
長老と呼んでもいい年齢の男が前に出て挨拶すると、すぐに手招きして一人の少年を呼び寄せた。
その少年の顔を見るなり、マスタングもマイルズも、あ、という顔をしたので、ホークアイはそれが誰であるのかすぐに分かった。
「・・・こいつがやった事を大事にしないでくれて、我々も助かりましたのじゃ。こいつには良く言い聞かせてありますんで、勘弁してやってください。」
少年は、赤い顔をしてもじもじと俯いていたが、マスタングはにやりと笑いかけると言った。
「この私の隙をつくとは、なかなか大したものだ。今夜は君に守ってもらうことになりそうだが、よろしく頼む。」
そう言って手を差し出す。少年は、どぎまぎした様子で長老の顔を振り返るが、長老が黙って頷くのに励まされて、おずおずと手を伸ばしマスタングと握手を交わした。

すっかり夜が更けていたが、一同はおのおのの小さなテントを張る作業にとりかかった。
無論、女であっても軍人たるホークアイもまた自分の寝床は自分で用意するのである。
(・・・星が、近いわ。)
ホークアイは酷く長く感じた一日を夜空を眺めつつ振り返り、一同に軽く挨拶を済ませると、ようやく身体を横たえたのだった。
思いがけず深く眠ったものの、いくつか恐ろしい夢を見た気もする。都市とは異なる、ここイシュヴァール独特の空気と風の音が蘇らせた思い出が見せた夢に違いなかった。

「・・・大尉。ホークアイ大尉。」
低く自分を呼ぶ声に、急激に意識が覚醒する。ホークアイはむくりと身を起こすと、まだ暗い中じっと目と耳をこらす。
「起きているか?君に見せたいものがある。」
テントの向こうから呼びかけられた声は、まぎれもなくマスタングのものであった。その事を確認すると、ホークアイは静かに自分のテントから抜け出て小さな声で挨拶をした。
「おはようございます、マスタング准将。随分お早いですね?」
マスタングは、いたずらっぽい笑みを浮かべながら、口元に指を当て、静かに、と身振りで伝えた後ついてくるように手招きした。
ホークアイは首をかしげながらも素直に後をついて歩き出す。
まだ日の出の時間の前のため、辺りは薄暗い。だが、真夜中とは異なる証拠に、遠い空の色が薄く色づき始めていた。

しばらく歩くと、ごつごつとした岩場に出た。ところどころに生える木の根や草葉に助けられつつ、黙々とよじ登る。
やがて登り切ったところで、急に視界が開けた。
薄闇の中でもはっきりと分かる。目の前には巨大な渓谷のシルエットが連なり、深い深い谷の水が流れ行く先に広大な大地が広がっている様が。
そう、二人は今、巨大な渓谷の頂上に立っているのだった。
マスタングに導かれるままに、大きな平らな石の上に並んで座る。石がひやりと冷たい。
「君と、ここの夜明けを見たかった。」
まるで世界に二人しか存在しないかのような大自然の静寂の中、マスタングの低く囁く声だけが聞こえる。
すると、あたかもその声に応えたかのように、遠い地平線が急速に赤らみ始めた。日の出が始まるのだ。
最初は、ほんの一筋の朱赤の光線が差しただけなのに、それだけで、一斉に世界が色づく。
光が少し増すごとに、雄大な渓谷の風景は紫から次第にうすい桃色へと移ろい、この世のものとも思えぬ幻想的な大パノラマを見せてくれる。
堆積した地層をむき出しにした谷の文様が美しく、それが形作られた悠久の時へと思いを馳せずにはいられない。

一言も声を発せぬまま、感動的な眺めに夢中の女の横顔を満足そうに眺めた後、マスタングはごく自然に隣の女の肩に手を回した。
ホークアイは、最初はぴくり、と緊張したものの、抵抗するでもなくそのまま抱かれる。
「・・・君に会えて、少し元気が出たよ。」
マスタングの優しい声に、素直に頷きつつ、ホークアイもまた呟く。
「・・・私も、です。」
二人はそっと見つめあった。マスタングが嬉しそうに目を細める。
「思った通りだ。良く似合っている。」
リザは、思わず耳元のピアスに手をやった。離れていた間、ずっと肌身離さず身につけていた赤い石。
そして、マスタングの求めに応じてホークアイが静かに目を瞑ると、そっと唇が重ねられた。
「会いたかった?」
きゅっと抱きしめてくる男の温もりが泣きたいほど懐かしくて嬉しい。問いかけに、ただ無言のまま首を幾度も縦にふって男の背に回した両腕に力をこめる。YES。YES。
「私だってずっと我慢してたさ。だから、少しくらいのご褒美はいいだろう?」
そう言って交わされた次の接吻は深く激しく、ホークアイは思わず呻き声をあげそうになった。

しかも、である。そのままあろうことか男は女の軍服をたくしあげ始めたではないか。
「ちょっ。マ、マスタングさん。こんなところで何をっ。」
さすがに驚いたリザが抗議の声をあげるが、男は澄ました顔のまま悪戯な手の動きをやめようとしない。
「言っただろう?ご褒美が欲しいって。」
例によって、妙に手馴れた男は、重装備だった女を自分の望み通りの姿に器用に剥いてしまい、岩場の隣にある木のそばへと誘う。
「でも・・・。誰かに見られたら・・・。あっ、ほらっ。ほらあ。」
木の陰からこちらを覗いているびっくりした様なつぶらな瞳と目があってしまった。
余りの恥ずかしさにリザが哀願するような声をあげるが、男はいたって大真面目に応えた。
「鹿に見られたからって何だ。ちっとも恥ずかしくなんてないし、むしろ見せ付けてやろう。」

そして、木に寄りかかるような姿勢を女にとらせた後、最後の許しを請うために耳元で囁いた。
「君と繋がりたい。今ここで。」
蕩けそうなその声に、女は黙って目をつむり、猛る男を迎え入れるしかなかった。この男らしくもない性急さからリザは男の餓えを感じとり、自分自身もまたずっと同じ思いを押し殺してきたことを改めて痛感せざるを得なかったのだ。
やがて始まった律動に、小船のように荒々しく揺り動かされ、女は状況を忘れてつい昂ぶる。
ここが神聖な場所であること。任務の途中であること。そんな後ろめたさや恥じらいを感じていたはずなのに、いつの間にか浅ましいまでに男の動きに応えてしまっている自分がいた。
(許してください。)
リザは何に赦しを請うているのか自分でも分からぬままに、荒い息を吐く男の黒髪を夢中でかき抱いた。
(私はもう、この人と離れて生きることはできません。)
リザの中でずっと押し込められていた何かがはじけた。決壊したそれは溢れ出して押し寄せて。やがて、高く鳴いた鷹の声が辺りに響いた。

「・・・もう、強引なのにも程があります・・・」
ぐったりと男に身体を預けた姿勢のままで、女がうらめしそうに声を発した。
高く響いた声に驚いたのか、草むらの向こうで見守っていた鹿はどこかへ去ってしまった様子である。
男はやや息を乱しつつ応えた。
「好きな女と1年以上も会えなかったんだ。会えば、こうなるのは自然だろうっ。」
そして、満足の接吻を互いに贈りあうと、二人は乱れきってしまった服装を互いに咳払いしながらようやく正した。
「見たまえ、あれがイシュヴァール閉鎖区だよ。」
大渓谷を形作る河の流れ行く先に、周囲の赤い大地とはやや異なる色合いの人里の跡が見える。遠目にもそれは無残な焼き跡と廃墟と化していることが明らかであった。
だが、広い。この大地はなんて広いんだろう。
「事態の難しさに絶望的な気分になることもしばしばだけれど。でも、こうして広い世界を眺めれば、胸に希望が湧いてくる。この世界には、大勢の人間を包み込んでくれる大地の、神の恩寵があるに違いないってね。」
「・・・ええ。分かります。」
ホークアイは男の言葉に静かに頷き、遠くを眺める黒い瞳を、誇らしげにそっと見上げたのだった。

*****

「おい、遅かったじゃないか。心配したぞ。」
見回り番から戻ったばかりの少年に声をかけたイシュヴァールの男たちは、少年の奇妙な様子に首をかしげた。
「お前、妙に顔が赤いぞ。熱でもあるのか?」
「い、いえ。大丈夫。何でもありません。」
少年の落ち着きのない様を見て、兄貴分の男がからかい声をあげた。
「ははーん。さては、こいつ、見回り先で鹿の交尾でも見ちまったんじゃねえの。季節だし。」
すると、ますます真っ赤になった少年の顔色を見て、図星と見た男たちは声をたてて笑った。
「さすが、ガキは純情だねーっ」
「ああ、俺もお前みたいな純粋な頃に戻りたいよ。」
男たちの大きな手に小突かれながら、少年は照れたように笑いつつ、言った。
「・・・でも、とても綺麗だったんです。まるで夢のように・・・」
うん、ここの鹿って大きくて立派だもんな。からかうのに飽きた男たちは、その少年の台詞に余り本気で相手をせず、忙しく自分たちの持ち場仕事に戻ろうとしていた。
一人残された少年は、ぼんやりと先ほど見た光景を胸に思い描いた。
黒い髪の男に抱かれた女の白い肌。朝日に輝く金の髪が谷の風に揺れていた。
(一瞬、本当に、神様のお使いかと思ったんです・・・)
朝焼けに染まる空に負けぬほど赤い顔した少年は、そっと目を瞑ったのだった。

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ハガレン二次創作 ■焔の錬金術師81 (ロイ×アイ)

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ホークアイが簡潔にまとめたレポートに目を通した大総統グラマンは、マスタング東方司令の献策通り、イシュヴァール閉鎖地区の解放を決断した。
国内はようやく安定化に向かいつつあり、特別行政府として充実した支援体制を投入できる条件が揃っていたし、何より周辺国との外交に課題が山積みの状態のまま、火種となる民族闘争の要因を国内に持ち続けるのは避けたかった。
流散していた民族を一箇所に集めてしまうことで、独立運動や武装蜂起といった懸念は無論あったが、そこは話し合いによってきちんと落とし所を見つけられるはずだ、と考えた。
要するに、グラマンはマスタングの手腕と意志を信じたのである。

やがて、一種の儀式として行われた閉鎖区の扉を開け放つマスタング司令の写真が新聞の一面を飾る頃、懐かしい顔ぶれが東方司令部の一区画に集うこととなった。
「また人使いの荒い上司に仕えるかと思うと、ちょっと気分は複雑ですねえ。」
既にホークアイと同格の大尉へと昇進を決めているブレダがにやにやしながら呟く。彼は参謀本部で作戦能力の高さを認められ、イシュヴァール政策の中心策定者として特命を帯びて異動してきたのである。
相変わらずの皮肉な先輩の台詞に対して、技術部隊の現場リーダーとして期待されている眼鏡のフュリーは苦笑しつつ言うのだった。
「でも、嬉しいです。東部の町も懐かしいし。」
「そうそう。子育てするには、セントラルよりイーストシティの方がいいって女房も喜んでます。」
行政区の事務方の一切を取り仕切る予定のファルマンが、一児の父らしい台詞で感想を述べれば、
「だろ?だろ?だからオレも彼女に東部に戻って来てくれって100回くらい懇願したのに・・・」
車椅子の男が大げさにため息をついて同意する。ハボック商会は復興支援の主要企業のひとつとしてこの一大事業に参画の予定なのである。・・・だけど万年フラれ癖はどうやら直っていないらしい。
「それは無理よ。私は全てをレベッカに引き継いで来たし、彼女は希望通りの大総統府配属で、ものすごくはりきっているんだから。」
リザ・ホークアイもまた東部へ戻ってきた一人である。イシュヴァール地区にできた行政府の統括のため、マイルズが昇進しつつ異動したのに合わせ、空いた補佐官職、つまりマスタングのお守り役として。

マスタングは集った面々の顔をぐるりと見回して、満足そうに頷いた。
「・・・私は、約束を果たしたぞ。だから今度は君たちの番だ。」
再び私の下でばりばり働いてもらうからな!司令官の明るい声に、皆が一斉に元気良く応える。
「イエッサー!!」
マスタング組が再び揃った。
そう、その光景は懐かしいというのとは少し違う。むしろあるべき姿に戻ったかのような。皆が心の内でそんな思いを共有し、笑顔で頷きあったのだった。

「それにしても、この開発計画は、少々危なっかしいですね。」
さすがの集中力を発揮して、膨大な資料を読み込んでいたファルマンが目をあげつつ声をあげた。
「いったいぜんたい、どうしてこの土地に農業支援事業なんて始める羽目になってるんです?」
苦々し気な顔つきで言葉を探している様子のマスタングに代わって、納入物品リストと物流計画をチェックしていたハボックが答えた。
「それは、やむを得なかったんだよ。大量に人が流れ込んできて食料は要るし、仕事は要るしで、いくつかの民間業者から提案を募ったってワケ。まだどうなるか疑心暗鬼の事業者がほとんどの中で、唯一まともな提案に手を挙げてくれたのが穀物卸と販売で有名なあの企業だったと。」
「なるほどな。穀倉地帯のここ東部で一番資金に余裕がある企業といったら確かにあそこしかないからな・・・。」
ブレダがあごに手をあてながら唸るように呟くと、フュリーもまた顔をしかめた。
「でも、ファルマン先輩の指摘はもっともです。今回、かなりの数の土木技師も一緒に視察をしましたが、皆一様に難しげな顔つきになってましたからね・・・。」
意外にも、イシュヴァール人たちは、自分たちの伝統にはない小麦や作物の作付けに積極的であったらしい。
各地で都市文明に触れた者たちがその味を覚えたという事もあるだろう。だが、恐らく何よりも”仕事”を得るということを重視した結果なのだろうと思われた。
「私も、何とか無事に収穫できるように祈りたい気分なんだが・・・。」
マスタングは、腕組みをして低い声を発する。危なっかしい計画と言われる理由はよく理解していた。だが、第一歩を歩みだすのに、他に選択肢がそう無かったことも事実なのであった。

やがて、ブレダがマスタングにこっそりと耳打ちをして、来客を知らせた。
「・・・鋼の大将たちが着きましたぜ。」
ようやくか。マスタングはひとつ頷くと、ブレダとホークアイだけを伴って、客を待たせている部屋へと移動した。
「よう。相変わらず、みんな忙しそうだなっ。」
扉の向こうでは、すらりとした金髪の美青年が、すちゃっと二本指で粋な敬礼のポーズを決めていた。
その姿を見た瞬間、マスタング以下一同は石の様に固まる。
(・・・えっと・・・誰?)
にやにやと不敵に笑い、長く伸ばした金髪を後ろで束ねた姿。黒ずくめの上に無造作に赤いコートを羽織っただけのその微妙なセンス。
頭では、これは確かにエドワード・エルリックなのだと理解しているのだが、その変貌ぶりに頭がついていかない。
「へっへー。俺様の余りの美青年ぶりに驚いちまってますね、皆さん。」

「皆さんが驚くのも無理はないと思います。僕だって、旅から戻って久しぶりに再会した時、『詐欺だっ』て叫びましたもん。」
隣に立つ知的な風貌の青年が、弟のアルフォンスだと気づくのにも、少々遅れた一同である。
鎧姿で苦難の旅をしていた彼もまた、ややワイルドな雰囲気をもつ兄とはまた赴きの異なる美貌の青年へと成長を遂げていたのである。
(すごーい・・・)
ホークアイは、成長した二人の姿にしばし見惚れていたが、青年たちが人懐っこく挨拶代わりのハグをしてきた時には、自分の顔が赤面するのが分かった。
もうチビだとは言わせないとばかりに、きゅっと抱きしめられたその瞬間に感じたのは、確かに”男”の身体だったから・・・。

「じ、人体錬成ってこんな事までできるんですか?」
うろたえた余りブレダが自分のボスに向かって尋ねるが、マスタングは答える代わりに頷き、最高に不機嫌そうな声で言った。
「聞いただろう、鋼の。自首するなら今のうちだ。お前がそこまで思いつめるほどチビを気に病んでいたとは・・・」
違うって!エドワードは明るく怒鳴り返す。
「アルの奴を取り戻したらよ、急にぐんぐん伸び始めたんだよっ。つまり、これが本来の俺様ってワケ。分かった?」
えへんとふんぞり返って胸を張る青年の仕草は、確かにどチビの頃の偉そうな少年そのまんまであり、皆は苦笑しつつ認めるしかない。
らしくもなくはしゃぐホークアイを横目に、マスタングとブレダはこそこそと壁際で会話を交わしあったのであった。
「・・・ブレダよ、この敗北感はいったい何なんだろうな・・・」
「分かります、分かりますとも・・・。」

ようやく気を取り直し、改めて再会の挨拶をした後に用件を切り出したマスタングである。
「手紙で伝えた通りだ。ぜひお前の目で見てもらいたいものがある。」
そうして、一同は出発した。かつてホークアイも見たあの謎多き”神殿”へ。

「・・・間違いない。これは確かに、クセルクセスの遺跡と同じ錬成陣だ。」
エドワードは壁にうっすらと残る文様を慎重に検分しながら呟いた。
「建築様式も、似てるな。だけど、なんつーか・・・こう・・・」
青年が、眉根を寄せてうまく説明できない違和感の様なものを言い淀んでいた時、遠くからアルの声が聞こえた。
「おーい、兄さん、みんな、ちょっと見て。」
呼ばれて集まった一同に向かい、アルフォンスが指し示した壁の絵は、錬成陣とは異なっていた。
「これ、星図に見えない?」
なるほど、指し示された図は、いくつかの動物や植物などのモチーフを模りながらも、ところどころに星と思しき点を線で繋いだ跡がある。
エドワードとアルフォンスはその図について何事か議論を交し合っていたが、おもむろにしゃがみこむと、二人して地面に何やら数式を書き始めた。
「いや、だから、公転周期からいって、ここはこの係数だろ?」
「でも兄さん、地球の地軸の傾きの変動も考慮にいれないと駄目だよ。」

ホークアイが分かったのは、二人がこの図が書かれた年代の推定を始めたということだけだった。だが、書かれた数式に何の意味があるのかはさっぱり分からない。
次に、さすがの秀才のブレダもギブアップしたらしくため息と共にホークアイの隣に座り込んだ。
マスタングだけは腕組みして難しい顔をしつつ、何とか二人の議論についていこうとしていたが、結局最後は首をふりふり理解をあきらめるしかない様子だった。
「・・・で、何か分かったのか?」
天才ぶりを見せ付けられ、プライドをいたく傷つけられた焔の男は、不機嫌な仏頂面で呟く。
「・・・ああ、分かったとも。」
応じたエドワードの声が驚くほど真剣だったので、思わず一同は顔を見合わせる。
「この遺跡が、クセルクセスのものじゃない、って事がな。」
そして、続けたアルフォンスの台詞に、皆が驚きの余り息をのんだ。
「これは、作られてから少なくとも7000年は経過しています。もしかすると、もっと古いかも・・・」

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鋼の錬金術師 ロイアイ小説INDEX

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こちらは、鋼の錬金術師 二次創作小説、各ページへとべるINDEXです。
2011年7月から連載開始。 「週刊ホノレン」メラメラを目指して、毎週月曜朝に更新しています。

お話は、ロイ×アイ視点で、原作に沿いつつも、妄想膨らまして書き直してみているだけのもの。オリキャラはいませんが、趣味に走ったオリジナルイベントや設定もありますので、苦手な方はご注意ください。
ノーマルカップルのみでBL要素は予定していません。甘度は少な目でスタートし、後半に行くに従ってじわじわ、という方向性で書いています。
えこ贔屓キャラは以下の5名なので、彼等の出番をうきうきしながら捏造していきます。ご参考までに。
(大佐、中尉、ハボック、キンブリー、大総統)

コミック原作ものに初挑戦するにあたり、できれば原作の、あの可愛らしくて楽しい雰囲気を出したいので、基本ラブコメな二人を目指します。ただし、イシュヴァールなどはどうしてもシリアスで暗いので、苦手な方はそういうのすっとばしてください笑。
だらだらマイペースで書いていきます。のんびりお付き合いいただけると幸いです。

▼そもそものきっかけとなった経緯を確認できる記事はこちら。
  作者が重度のアホであることが分かります。

ホイホイにやられた女
比べてみよう ライヒルとロイアイ
「ハガレンの女」やります

▼ハガレン二次創作「焔の錬金術師」ロイ×アイ
■焔の錬金術師1  錬金術師の弟子
■焔の錬金術師2  不思議な目をした女の子
■焔の錬金術師3  妹がこんな可愛いわけがない
■焔の錬金術師4  少年は士官を目指す
■焔の錬金術師5  謎の先客とリザの秘密
■焔の錬金術師6  ホークアイの死
■焔の錬金術師7  背中を託していいですか?
■焔の錬金術師8  宿命の刺青
■焔の錬金術師9  明るい別れ
■焔の錬金術師10  ヒューズ登場。士官学校はでたけれど。
■焔の錬金術師11  レベッカ登場。射撃部門首席のリザたん。
■焔の錬金術師12  イシュヴァール① キンブリー登場
■焔の錬金術師13  イシュヴァール② 狙われた焔の錬金術師
■焔の錬金術師14  イシュヴァール③ ふたりの再会。鷹の眼誕生。
■焔の錬金術師15  イシュヴァール④ お前はなんで戦う? 大総統登場。
■焔の錬金術師16  イシュヴァール⑤ キンブリーと賢者の石
■焔の錬金術師17  イシュヴァール⑥ 背中を焼いてください
■焔の錬金術師18  ロイアイ合体。猟奇的な彼女
■焔の錬金術師19  付いて行きましょう。お望みとあらば地獄まで
■焔の錬金術師20  エド登場。髪を伸ばす前の少尉リザたん
■焔の錬金術師21  ハボックたち。ようやく全員集合だよ。
■焔の錬金術師22  ゴルゴなリザたんと仲間たち
■焔の錬金術師23  エドくん国家錬金術師試験を受ける
■焔の錬金術師24  居眠りリザたんとお年頃の中将
■焔の錬金術師25  ハボ×レベッカとか誰得なこと始めてみる
■焔の錬金術師26  オリヴィエ様華麗に登場
■焔の錬金術師27  雨の日は無能
■焔の錬金術師28  ははは無能というやつだな無能
■焔の錬金術師29  ヒューズの死 いいや雨だよ
■焔の錬金術師30  ついてくるか?何を今更 と ハボックのライター話
■焔の錬金術師31  さらばイーストシティ マスタング組飲み会
■焔の錬金術師32  ふられハボック
■焔の錬金術師33  盗まれた神の火とパンドラの箱
■焔の錬金術師34  増田が攻めてはみたものの
■焔の錬金術師35  今夜の火力はちょっと凄いよ
■焔の錬金術師36  マリア・ロス事件その1 
■焔の錬金術師37  マリア・ロス事件その2 
■焔の錬金術師38  バカですか貴方はっ? 
■焔の錬金術師39  ラスト戦1 ボインでごめんなすって 
■焔の錬金術師40  ラスト戦2 ラストのラストっす 
■焔の錬金術師41  やばい俺惚れられてる 
■焔の錬金術師42  お前は後から追いついてこい 
■焔の錬金術師43  現場に出てきちゃダメですよっ 
■焔の錬金術師44  この国のトップがホムンクルスですか?&大佐の帰る場所 
■焔の錬金術師45  「命令だぞっ」「承服できませんつーん」 
■焔の錬金術師46  待ち合わせは女性と 
■焔の錬金術師47  ご、ごめんねエドワード君 
■焔の錬金術師48  紅蓮VS焔 その1 
■焔の錬金術師49  紅蓮VS焔 その2 
■焔の錬金術師50  チェックメイトにはまだ早い 
■焔の錬金術師51  女装の中将 
■焔の錬金術師52  毎度ご贔屓の花屋です・・・ 
■焔の錬金術師53  セリムブラッドレイはホムンクルス 
■焔の錬金術師54  だが妻だけは自分で選んだ 
■焔の錬金術師55  大総統邸襲撃と4つの精霊の物語 
■焔の錬金術師56  ハボックのお見舞い 
■焔の錬金術師57  ヒヤシンスの花言葉は 
■焔の錬金術師58  坊や扱いはやめてよマダム 
■焔の錬金術師59  ご無礼をお許しください大総統夫人 
■焔の錬金術師60  約束の日はじまる 
■焔の錬金術師61  エンヴィー登場 
■焔の錬金術師62  大佐はね、二人っきりの時には私のこと・・・ 
■焔の錬金術師63  君を失うわけにはいかない 
■焔の錬金術師64  リザたん斬られる 
■焔の錬金術師65  ぎゅっぎゅううう 
■焔の錬金術師66  キング死す 
■焔の錬金術師67  君はまだ戦えるか 
■焔の錬金術師68  鋼の錬金術師最後の錬成 
■焔の錬金術師69  グラマン新大総統 
■焔の錬金術師70  増田ヘタレな求婚 
■焔の錬金術師71  リザたんカムバック 
■焔の錬金術師72  愛は盲目 
■焔の錬金術師73  少しだけマイオリ 
■焔の錬金術師74  ふたりのけじめ 
■焔の錬金術師75  セカンドバージン 
■焔の錬金術師76  増田取り扱いマニュアル 
■焔の錬金術師77  紅蓮の夢 
■焔の錬金術師78  脱いだらすごい増田さん 
■焔の錬金術師79  痛い再会 
■焔の錬金術師80  発情期なのでシカ? 
■焔の錬金術師81  美青年エドアル 

ハガレン二次創作 ■焔の錬金術師82 (ロイ×アイ)

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「け、けど、7000年って人類の歴史より古いんじゃ・・・」
ホークアイが発した疑問は、もっともなものであった。最古の文明と言われる遺跡だって、せいぜい4、5千年前のものというのが人類史の常識なのである。
「だけど、そうとしか推察できないんだから仕方ないじゃんか。」
エドワードはぶっきらぼうに言葉を発したが、金の瞳は真剣そのものである。
しばらく無言化してしまった一同の沈黙を最初に破ったのはマスタングであった。
「・・・確認すべき点が2つある。まず一つ目は、われわれの錬金術のルーツがはるかな太古の文明にあったということ。誰もその事に、異議はなさそうだな?」
静かに頷くしかない仲間たちの顔をひとつひとつ覗きこむ様にした後、続けた。
「そして残る疑問は・・・その文明が本当に我々人類のものだったかどうか、だな。」

思わずブレダとホークアイがぎょっとしてマスタングの方を振り返るが、なんとエドとアルは大真面目な顔をしたまま頷いたではないか。
「ああ、俺もその可能性を考えていた。」
「僕もです、マスタングさん。」
アルはやや神妙な顔つきで、壁に残る崩れかけたレリーフを指し示した。
「ここには、王など権力の座にあったであろうはずの人物や象徴が見られません。代わりにあるのが、あれです。」
そこには、植物群と一緒に描かれている動物たちがいた。牛や馬といったすぐにそれと分かる生き物と一緒にいる大きな猿たち。その手には、木の棒などの道具らしきものが握られている・・・。

「私は、あれからずっと考えて続けてきた。あの約束の日に起きたことは何だったのか。”お父様”とは、何者だったのか。なぜ、我々の魂が錬成のエネルギーとして使われていたのか。」
マスタングが静かに語り始めた台詞に一同は黙って耳を傾けた。
「そして、一つの推論をたてざるを得なくなった。”お父様”は我々人類とは異なる世界もしくは技術によって産み出されたもの。そして、奴がこの国で広め使っていた錬金術もまた同じ世界の産物ではないかと。」
これはあくまでも想像にしか過ぎないが。マスタングの声は低く暗くなった。
「こんな風には考えられないだろうか。はるかな太古にあったある世界の文明は、生物のもつ力を効率よくエネルギー化する技術をもっていた。そして、そいつらは、絶好のエネルギー源を見つけたんだ。我々人類という、抜群の生命力をもち勝手に繁殖までしてくれる無限のエネルギー供給源をね。」
あるいは、そのためにこそ人類を改良したのではという疑念すらもマスタングの頭にはあったのだが、さすがにそれは黙っていた。

「でも、でも、それじゃあその文明を築いていた者たちはいったいどこへ去ったのですか?」
ホークアイがほとんど叫ぶようにして尋ねたが、それに対してアルフォンスの落ち着いた声が遮った。
「可能性は2つしかありません。彼等は、家畜とした人類の繁殖力に負けたか、もしくは他の自然災害のような力によって淘汰されたのです。もうひとつ残る可能性は、彼等は来たところへと戻った、つまりもとからこの世界の住人ではなかったということですね。」
「・・・そういえば、あいつ、星の力を引き摺り下ろすとか何とか言ってたよな。」
エドワードは思わず振り仰ぐようにして空を見上げた。イシュヴァールの乾いて澄んだ空気の中では、空がとても広く近く感じる。
「・・・あいつ、ずっと独りぼっちで寂しかったのかもな・・・。」
エドがぼそりと呟いた台詞に、一同はなんだか切ないような気持ちになって、思わず一緒になって高い空を見上げたのだった。

「こんな世紀の大発見、どうなさるおつもりですか?」
全員が谷へと降りる道すがら、ブレダが上官へ問いかけた。
「さてね。どうしたものかな。」
どこかとぼけた様な返答に、ホークアイがちらりと視線を向けたのが分かった。
「ご自分が国家錬金術師でいらっしゃるし、さすがに錬金術のルーツにこんな衝撃的事実が隠されているんじゃ、公表できませんよね?」
ニヒルで鋭い思考力を持つ部下は、畳み掛けるようにして質問を止めない。
「まあな。だが、これこそが私の知りたかった事だったんだ。自分がやろうとしていた事の正しさについてようやく確信がもてたよ。」
(・・・?・・・)
ブレダが不思議そうに首をかしげたので、代わってホークアイが尋ねた。
「マスタング准将は、グラマン大総統に提案されましたよね。国家錬金術師の制度廃止について。」

その衝撃的内容に、思わずブレダだけでなく、一緒に降りていたエルリック兄弟も揃ってマスタングを見上げた。
「おい本当かよ、その話。」
「僕も初耳です。」
そりゃー極秘だったからな。マスタングは澄ました顔のまま肩をひとつすくめただけで応じた。
「だが、アルフォンス君、君には理由が分かっているはずだ。」
その言葉にはっとしてアルフォンス・エルリックは一瞬黙り込んだ。そして、おずおずと言葉を発する。
「なるほど確かに・・・。どの道このままでは・・・。」
何だよ。はっきり言えよ。兄エドは、苛々して弟の頭を小突いた。
「ここ1年で、急激に大きな錬金術が発動しにくくなってきたんだ、兄さん。同じ事を感じ始めた錬金術師たちの間でちょっとした話題になってる。」
「その理由は他でもない。あのホムンクルスが蓄積していた賢者の石の力、すなわち我々錬金術のエネルギー源が枯渇してきたからだ。」
この国に血脈のように張り巡らされていた人体エネルギーが尽きようとしている。その意味するところはすなわち・・・。

「そう。錬金術の時代は終わるのさ。」
マスタングはそう一言呟くと、気障に笑った。
「俺たちにはもう錬金術はいらないと、鋼の、お前が言ったんだぞ。」
そう、あれは正しかった。マスタングは少年の言葉に感銘を受けた瞬間を懐かしく思い出しながら一人頷く。
言った張本人であるエドワードはしばらくびっくりした様な顔つきだったが、やがていつもの不敵な笑いを取り戻した。
「そうだな・・・。歴史を俺たち人間の手に取り戻す。そうして本当の科学の時代を築くってことだよな。」
かっかっかっ。やっぱり時代はこの天才エドワード・エルリック様を求めてるってことだぜーと完全に調子に乗って高笑いを決め込んでいる。
(・・・本当にそうかも)
(何も反論できない俺が悔しい・・・)
「ということは、僕はますます別のエネルギーを使う錬丹術の可能性について研究しなくちゃ!」
「おう。頑張れよ、アル。お前ならできるって。」
ブレダもマスタングも、ますます募る敗北感に打ちのめされるしかないのであった。

「なるほど。それなら、今回の発見もしばらく公表も見送って様子を見たほうが良さそうですね。」
「ああ。そういう事だ。下手にパニックになっても困るし、こんな曰くつきの力に依存しない社会へと少しずつフェードアウトを狙うしかないだろう。」
割と真面目な施政者らしい事をいうマスタングの顔を見上げながら、ホークアイが問いかけた。
「それで・・・時が至れば、焔の錬金術師もまた廃業となさるおつもりなんですね?」
自分を見つめる真摯な鳶色の瞳に、ふっと優しく笑いかけて男は言った。
「不服かね?」
いえ。短く答えた女もまた静かな笑みを浮かべていた。
「それが一番いいと思います。」
世界にとっても。私たちにとっても。二人は思わず密やかに視線を交し合う。

そう。宿業を生んだ焔にもようやく終わりが近づいてきたのだ。
こんな風に平和で静かに迎えられる終わりは想像もしていなかったけれど、辿ってきた血の色の道程を思い出せば、これは望外の結末というべきではないだろうか。
(そして、いつの日か・・・)
ホークアイは思わず夢想するのだった。錬金術の時代が終わり、いつか錬金術師たちの存在もまた伝説となる。
その時に、かつて焔の錬金術師と呼ばれた男は、どこでどんな風に生きているのか。そして私は?
男は、何かを問いかけるような鳶色の瞳が自分に向けられているのに気づいた。
安心させるようにそっと手をとり握ってやる。すると、女もまた何かを約束するかのようにぎゅっと握り返してきたのが分かった。
そうして無言の中で交わされた約束に、二人はただ静かに微笑み合ったのだった。

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ハガレン二次創作 ■焔の錬金術師83 (ロイ×アイ)

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東方司令部からイシュヴァール行政区へと定期視察に訪れているマスタングは、額に伝う汗を拭いながら呟いた。
「いやな暑さだ。」
「・・・全くです。」
行政区担当のマイルズは、思わず遠い目で頷く。
(まさか、この俺が、あの白魔の世界を恋しく思う日がくるとはな・・・。)
東方司令に補佐官として従うリザ・ホークアイだけは、相変わらず折り目正しく軍服の襟元ひとつ乱していないまま、なぜか汗ひとつかいた様子もない。
そこだけ風がそよぐかの様な涼しげな風情である。

その女が、窓から見える光景に目を向けながら言った。
「何とか収穫に漕ぎ着けられて、良かったですね。」
穂先を風で揺らし、一面に広がる小麦畑が薄く金色に色づいている。
「思い切った灌漑工事を行った甲斐がありましたな。」
マイルズが相槌を打ったのに合わせ、マスタングもまた窓辺へと足を向けた。
赤土の広がる大地に、人工的にくっきりと区画された金の絨毯が広がる様は、美しいというべきなのかもしれない。だが、三名の目には、どうにも形容のしようがない違和感のようなものが拭えず、ただ手放しで見惚れる気分にはなれないのだった。

イシュヴァールの地は、季節と日夜による寒暖の差が激しく乾燥もひどいが、代わりに眩しいほど照りつける陽光がある。
降雨日も少ない故か、想定以上の速さで作物が生長したので、ひとまず試みは成功と言って良かった。
「マスタング司令は聞き及びかと思いますが、今年は各地で異常気象が酷く、家畜類も病気でやられているとか。」
マイルズの言葉を受け、ホークアイも手許の資料に目を通しながら伝える。
「夏に豪雨被害のあった南部地区では、養鶏が壊滅的な被害を受け、大量の殺傷処分を余儀なくされた様です。」
「・・・ここは日照りと戦った夏だったというのに、たった百キロ程度しか離れていない南部で水害とはな。」
マスタングはため息をつくしかない。
「まあ、幸いにも東部地区全般では豊作とはいえずとも例年並みの収穫は確保できそうだし、諸外国も条件は同じで懐事情が苦しそうだから、当分きな臭い事は起きそうもないってことが唯一の慰めかな。」

視察時には2~3日地区に逗留するのがいつものスケジュールである。
マスタングは用意された司令用宿舎へと向かう道すがら、右腕のブレダが隣で退屈そうに呟く声を聞いた。
「平和に文句をいっちゃ罰が当たるって事は重々承知なんですがね。」
ブレダの口元にはいつにも増して皮肉気な笑いが浮かんでいる。
「俺は最近、自分が軍人だってことを忘れそうになるんですよ。マスタング司令はそう考えたりしないんですか?」
うーん、そういえばそうかもな。黒髪の司令は、どこかとぼけた声で応じた。
「この国では軍が政権を担っているんだから、軍人だって麦の心配くらいするさ。」
(あーあ、これが”イシュヴァールの英雄”の吐く台詞かねえ)
ブレダのため息が聞こえていたのかどうか。マスタングはただ、ふわぁと眠たそうにあくびをひとつした。
「・・・ま、働かなくて済むんならそれに越した事はない。それが俺たち軍人ってものなんだろうさ。」

軍人は~気楽な商売ときたもんだ~。本当にお気楽そうに鼻歌を始めた上官に、たしなめるような咳払いをひとつしてリザ・ホークアイが言った。
「とにかく。明日もまた早いですから、ゆっくりとお休みください。」
「こう暑くちゃ、冷たい紅茶を一杯淹れてもらいでもしなけりゃ寝付けないよ、ホークアイ大尉。」
「・・・一杯だけですよっ。」
世話焼き女房とダメ亭主みたいな二人を首をふりふり見送ったブレダの姿が見えなくなると、マスタングは用意された部屋の扉の前でふり向いた。
「やっぱり気が変わった。アイスティーは要らないから、冷たいビールが飲みたい。」
「だ・め・で・す」
「なんでっ。」
「ここは、視察地ですよ。いわばずっと勤務中です。そんな緊張感のないトップでは示しがつかないではありませんか。」
「じゃあ、ビールはあきらめるから、代わりに君が欲し、、、ちょ、なんでそこで銃を構えるんだっ。」
「そんなに眠れないんだったら、無理やり深い眠りにつかせてあげてもいいんですよ・・・」
「・・・よく分かりました。すごく背中が涼しくなりましたから、もう大丈夫だと思います。」
君の肌はひんやりしていて気持ちいいから、ちょっと戯れたかっただけなのに。マスタングはぶちぶちと口の中で文句をたれつつ、大人しく部屋へ入るしかなかった。

(あーあ、いい加減この不自由な状態にも飽きてきたぞ)
マスタングは、蒸し暑い夜の中で、ふてれ腐れて幾度も寝返りをうった。
一度は勢いで求婚したものの、あっさりとかわされた。そのまま押し切ろうにも、あのクソ真面目なリザのことだ。けじめをつけるまでは絶対に受け入れてくれそうもない。
(だけどじゃあ、いったいけじめっていつ来るんだ?)
このままいったら、自分たちはいつまでたっても結婚できないかもしれない。共白髪となった軍人の自分とリザをうっかり思い浮かべてしまい、ぶんぶんと慌てて首をふった。
確かに、自分にはやるべき事がある。だが、それは傍らに彼女がいてくれてこそできるんだ。軍人としての彼女は確かに有能だが、自分にとって彼女の存在はもうそれだけじゃあない。
むしろ、けじめだ何だと怒られる今の関係の方が日に日に苦痛で不自然なもののように思えてきてならないのだった。
「俺40才までにケッコンできるかな・・・」
色男マスタングは、一人寝のベッドでくすんと鼻を鳴らした。

凶報がもたらされたのは翌朝のことであった。
「南部地区で、イナゴの大発生が観測されたそうです。」
「・・・イナゴだと?」
バッタ類の卵は湿気やカビに弱く、孵化がしにくい。降雨被害にあっていた地域なのに、いったいなぜ?
「恐らく天敵であった鶏など鳥類が駆除された結果、孵化率があがってしまったからではないかと報じられています。」
「まずいですね。」
「うむ、まずい。」
イナゴは飛翔し移動する。数百キロもの距離を食い尽くし繁殖を繰り返しながら移動することで知られている。
本来は、この地にイナゴの餌となるような穀物はないはずであった。だが今は違う。目の前に広がる収穫半ばの金の絨毯を見ながら、マスタングの背に冷や汗が伝った。
必ず来る。しかも、乾燥していると孵化する確率が高くなる。つまり、ひとたびこの地へ飛んできたイナゴ群は、乾燥期の繁殖を何回か繰り返すと、さらなる大量発生を呼び、食べるものを求めて「移住型」へ発達するだろう。
そう、このイシュヴァールの地に留まらず、この国の穀倉地帯である東部一帯を食い尽くして・・・。

その場に居合わせた全員が文字通り顔色を無くしていた。鍛えられた軍人であるはずの彼等だが、この様な敵が相手では文字通り手も足も出ない。
彼等には見えた。食糧を食い尽くされたこの国が、次に向かうかもしれない暗い未来が。それは内乱か、はたまた外国との侵略戦争の再開か・・・。
せっかくの動乱から脱して得られていた平和な日々が、わずかな午睡でしか無かった事を思い知らされたのであった。
「れ、錬金術で何とかできないんですか?」
青い顔したファルマンが、救いを求めるように上官の顔を見上げた。幾人ものすがるような視線が突き刺さり、マスタングは唇を噛んだ。
何とかできるものなら何とかしたいさ、私だって!!そう怒鳴りたいのをぐっとこらえる。
(私の焔は、もう発動に必要なエネルギーが枯渇していて無理なんだ!)

「マスタング司令、大変です!早速南方にて不穏な動きが観測されたそうです!」
一同は、慌てて監視塔に登った。息をきらし登り詰めたそこで彼等の目の前に広がっていたのは・・・。
「凄い・・・」
「く、黒い・・・雲?」
まるでそこだけが夜になってしまったかのような真っ黒な雲霞の如き群れが遠方に見えた。その不吉な雲がゆっくりとこちらに向かって近づいてくる・・・。
「住民に軍施設内への避難命令を!急げ!」
あの群れに襲われたら、草植物に限らず人間の呼吸すら危うい。マスタングは叫ぶように命令の声をあげ、それに応じるように幾人かが走り出した。
だが、マイルズのかすれた様な低い声がそれを遮るように響いた。
「どうやら、その必要は無さそうですな・・・。」

既に凶事を察知した農村の住民たちが、大慌てで避難を開始していた。大声をあげ怒鳴り散らす者、泣き叫ぶ子供たち。歩けぬ年老いた親を背負ったまま必死で走ろうとする者。
「マスタング司令、ここも危険です。我々も地下室へと退避を!」
阿鼻叫喚渦巻く声に混じって、リザ・ホークアイ大尉の声が聞こえた。だが、マスタングはそれに対し、ゆっくりと首を振った。
「・・・その必要はない。」
「え?」
すでに退避のために塔の階段を降り始めていた幾人かが、驚いて振り向いた。無論、傍らの副官も、男の意外な台詞に目を見張る。
焔の男の闘志に再び火が放たれたのである。
「どうやら、久しぶりに私の出番が来たようだ・・・。」

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●2013年1~3月の面白検索ワード

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2ヶ月ごとにまとめていたのですが、先月はうっかり忘れてしまいました。いや最近軽い痴呆が始まってるんじゃないかとマジで思うのよ・・・・。
気を取り直して、3ヶ月分をまとめてご紹介いたします。

▼銀河英雄伝説関連
蒼山 銀英伝
→惜しい笑。うちのペンネームは碧海ですけん。もし蒼山さんという銀英二次創作書きの方がいらしたら、兄弟の契りを交わしたいのでぜひご紹介ください。

キングギドラ 銀河英雄伝説
→なんか、これだと、まるでギドラさんが宇宙を手に入れる物語のように思えますが・・・・

ヤンヤン 出待ち
→むかあしね、ヤンヤン歌うスタジオとかいう歌バラエティ番組がありましたよね・・・遠い目・・・

死なないラインハルト
→二次創作にはハッピーエンドを求める方がほとんどなんですよねえ。だけど、陛下は結構酷い扱いを受けることも多いらしいので笑、死なないからといってハッピーな二次創作になるとは限らない。

▼鋼の錬金術師関連
鋼の錬金術師 ロイ リザ 夫婦 小説
→めおと小説・・・。うん、もうそれでいいんじゃね?

ロイ リザ ”アソコ”
→「アソコとはどこの事だろうな、中尉」 「さあ知りません。」 「むふふふ。照れているのかね。君はそういうところが可愛いよ。」 「大佐はそういうところがキモいです。」

リザホークアイ 小説 触手
→これは絶対にあるだろうと思っていたジャンル。やはりありましたね。

ハボックが大佐でロイ少佐に気に入られようとしている小説
→えらく具体的ですねー。ググるより別の方法でお尋ねした方がいいんじゃないでしょうか?

抱いてください マスタングさん
→うちの小説の台詞で検索キター!・・・といいたいところですが、この台詞、結構どこでもリザたんに言わせてる気もするぜ笑

BOSS 大総統 コーヒー
→眼帯したおじさまの缶コーヒー。もし売り出したら、必ず買いますっ

BL鋼の連金術史
→おいちょとまて。それってもう別の物語になってないか?

▼その他
kannkokugo de kyuuryoudorobou
→アンニョンハセオ~(・・・でしたっけ?適当ですまぬ)

必殺二次小説
→なんか凄そうですよ。

速水真澄が死ぬパロディ
→真澄様が死ぬののどこが笑えるのか、ちっとも分からないんですが~

主婦 ピグにハマる
→社会問題化してるんですか?笑。

エロイカ 少佐 ムトー
→私の古いマンガ記事読んでくださる方いるんですよねー。今でも、全部まとめて大好きですから。

おばさん 少年 漫画
→おばさんだって、読みたいの涙

怒っ
→えと、えと。よくわかんないけど謝っておきます。ごめんちゃい。

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ハガレン二次創作 ■焔の錬金術師84 (ロイ×アイ)

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リザは、男が懐から取り出した物を見て、思わずはっと息を呑んだ。
「それは・・・」
マスタングは、遠方の黒い雲をまっすぐに見据えたまま頷く。
「そうだ。最後にたった一つ残った”賢者の石”。これを使わせてもらう。」
そして、鞭の様な声で副官に命じた。
「目標物までの距離は?リザ・ホークアイ大尉?」
思わずリザははっと敬礼しつつ声をあげた。
「距離およそ12キロ。方位は南南西!恐らく3~5キロに渡って集団が広がっています。」

術の発動前に、男は一度だけ傍らの副官の方を振り向いた。そしてにやりと笑う。
「私にできると思うか?」
リザは、敬礼した姿勢のまま、鳶色の目を逸らさずじっと男の黒い目を見返す。
「貴方にしかできません。」
その短いいらえに、男は一つ小さく頷き、そしてぱんっと両手を大きな音をたてて合わせた。
自らを錬成の円陣とするためのポーズである。
環-リング-それは永遠に繰り返される終わり無き循環の象徴であり、同時に結界内に力を封印し円環させた力を増幅する効果をもつ。

次の瞬間、ごうという轟音が辺り一面に響き渡り、焔が生まれた。
その焔が巨大な塊となって、じじじという不気味な音と共に押し寄せてきた黒い雲に踊りかかる。
最初の一撃が、捉えた一群の虫たちをじゃっと瞬時に燃やし尽くした。
突然の熱に戸惑った虫の群れが、まとまりを無くし怯えるように散ろうとしたその時。
次いで繰り出された第二派の炎が、舐めるように地を進んだ後、ぐわっと大きく広がり、雲霞の群れに左右から襲い掛かった。
最早その様は、誰の目にも、牙をむいて獲物を一呑みにせんとする巨大な火龍としか映らなかったのである。

火の渦に閉じ込められた虫たちが、全滅するまでにさほど時間はかからなかった。
だが、放たれたマスタングの焔は、尚も燃え盛り続ける。ただの一匹もこの地を踏ませまいとする男の決意そのものであるかの様に。
やがて、一帯には静けさが戻った。無数にも思えた虫たちは、一匹残らず焼き尽くされ、そのかけら一つすら地面に転がっていなかった。
それどころか、赤かった地表のあちこちが焼け焦げたかのように黒ずみ、ぷすぷすとまだ燃焼の音と煙を出している。いかにマスタングの焔が壮絶な熱を放ったかの証であろう。

逃げ遅れ、震えるようにして成り行きを見守っていた群衆が、わあと一斉に歓声をあげた。
そしてその声が、まるで唱和するかの様に聞きなれぬ言葉を繰り返し始めたのに、マスタングもリザも戸惑うが、マイルズが静かな声で教えた。
「彼等は、あなたの事を火神と称えているんですよ。」
ぽりぽり。マスタングとしてはいささか決まり悪そうに頭をかくしかない。
「それはまた、偉く高いところに祭り上げてくれたものだな。」
ただの人殺しだったのにな。そう自嘲気味漏らされた男の台詞に、リザは力を込めて言った。
「いいえ。貴方の焔は確かに皆を救いました。」
そう、この男によって、焔の錬金術もまた死と狂気の宿業から解き放たれたのだ。

己を見つめる鳶色の瞳に、賞賛と感謝の念までを読み取って、マスタングはようやくにこりと笑った。
何かをやり遂げた後に見せるそのさわやかな笑顔に向かい、そっと女は問いかける。
「これが貴方の、”焔の錬金術師最後の錬成”、ですか・・・?」
だが、それに対してマスタングは、少々いたずらっぽい笑みを浮かべたままで何も答えなかった。しばらくじっと己の副官の瞳を見返した後で、おもむろに上機嫌に手を振って群衆の声に応えたのであった。

*****

「うっわー。こりゃまた派手に焼き払ったもんだねー。」
噂には聞いてたけどさ。そう続けた金髪金瞳の美青年は、あたりを無遠慮にきょろきょろと見回している。
麦畑だった場所には、だだっ広い赤茶けた大地だけが広がっていた。その荒涼とした眺めの中、乾いた風だけがただ吹きつけている。
「でも、ここまで焼き尽くして正解ですよ。これなら例え生き延びたイナゴが地面に卵を産んでいたとしても、完全に駆除されてるでしょうから。」
隣にいるアルフォンス青年は、素直な言葉と共に尊敬の眼差しをマスタングに向けた。
エルリック兄弟は、イシュヴァールの遺跡の研究のために、定期的にこの地を訪れているのだった。

「もう二度とそんな凄い錬金術は見れないでしょうから、正直言って現場を見れなくて残念な気もします。」
そう、日に日に衰えていく錬金術の動脈。最早アルフォンスの力をもってしても、大きな錬成を実行することは難しくなってきている。
「まさか、あの賢者の石が、最後にこんな事に役立つことになるなんてな。」
兄エドワードは明るく笑い飛ばした後、やや真面目な顔に戻って付け加える。
「けど、あの石にとっては、これが一番良かったと思うぜ・・・。」
その言葉に、石の秘密を知る一同は思わず無言となった。そう、大勢の命を原材料として作られていたあの石。犠牲となった人々の悲しみと願いが込められていたあの石。

「本来エネルギーというのは、正規の方法で人間が生み出すことができるものだ。それを、我々錬金術師は異常な状態で手に入れていたに過ぎない。」
マスタングが、重々しく言葉を発した。
「だが、ここから先は、そんなまやかしに頼らず、人間自身が地に足をつけて歩んでいくんだ。正しい科学の時代を。」
エドワード・エルリックもまた力強く頷きつつ言った。
「エネルギーなんて、別に人間の魂でなくったって、本来どの地球上の生命・物質にもあるもんだしな。」

その通りだよ、兄さん。今度は熱っぽくアルフォンスが言葉を継いだ。
「恐らく、錬丹術とは、人体エネルギーの代わりに別の生命エネルギーを使っているという違いだけで、ほぼ全く同じ技術なんだ。」
そして少しだけ声を低めて呟く。それを始めたのは・・・恐らく・・・ホーエンハイム。僕らのお父さんだ・・・。
錬丹術の研究の成果を目を輝かせながら語る青年を、マスタングも、ホークアイも頼もしい気持ちで見守っている。
「人間の魂を使うものと比べて、エネルギー効率が高いとはいえないし、統合されていないエネルギー源を用いているからアメストリスの錬金術より破壊力で劣るんだと思う。」
アルフォンスの強い意志を秘めた賢そうな瞳が金色にきらきらと輝く。
「だけど、道義上の問題が存在しない上、人間以外の全てを資源とすることができるかもしれないある意味無限の可能性をもつ術でもあるんだ。」
そして、きっぱりとした声で続けたのだった。
「錬金術を捨てた新しい科学技術の世界と、錬丹術の道とが、遠い未来のどこかで交差するかもしれない。そんな夢を持って、僕はがんばる。」

若者たちの澄んだ瞳に映る未来に、一瞬眩しそうに目を細めたマスタングだった。だが、すぐに深刻な顔つきに戻って深いため息をついた。
「だが、この後始末が大変でな・・・。」
せっかく興そうとしていた産業の芽がこれで摘まれてしまった。だが大勢の飢えたイシュヴァール人に生活の糧を用意しなくてはならない。
「恐ろしい体験だったから、もう誰も麦の作付けをやりたがらなくて、ね。」
ホークアイが困ったような表情で兄弟に事情を説明した。

だが、エドワード・エルリックは、何だそんな事かと不敵な台詞と共に声をたてて笑い出したではないか。
「へっへー。焔の大将、あんたの目は節穴かよ?」
可笑しそうにひとしきり笑った後、辺り一帯を指で指し示した。
「見ろよ。なんで、この土地の土は赤いんだと思う?」
マスタングとホークアイが首をかしげるのを見届けて、エドは得意満面で言った。
「鉄だよ!ここの土には鉄分が豊富に含まれている。赤いのは、それが酸化しているからだ。」
見る間にマスタングとホークアイの顔には理解の色が浮かび、叫んだ。
「と、いうことは。」
「うむ。近くに鉄鉱石の鉱脈があるに違いない。」

「まあ、アンタの知識と技術があれば、鉄鉱石の採掘ができなくても、酸化鉄から還元するって手もあるぜ?」
酸化物は、酸素と結びつきやすい物質、例えば水素などと一緒に熱すれば、酸素と切り離して元の金属を取り出すことができる。それが還元である。
見事に一本とられてマスタングは思わず悔しそうに舌打ちしたが、だがすぐに真面目な顔に戻って確信と共に頷く。
いける。この手で、イシュヴァールに真の復興を。
一同は、改めて赤い大地を見渡した。神秘的なまでの荒涼たる風景が、大きな町となり工場などが並び立つ様へ変貌することを想像すると少し寂しくはあったが、だが活気溢れる時代の予感がその様な感傷を吹き飛ばした。
「よーし。そうと決まったら、農場の番人は廃業だ。明日からは、鉄工所に就職した気分で始めなくてはな。」
マスタングの台詞にエドは再び大笑いした。
「あんたの焔で焼けば、さぞかしいい鋼が作れるだろうさ。」
高温で溶けた銑鉄に酸素をずっと送り続けて炭素を取り除いたものが、鋼なのである。
焔が少年を見出し、心に火を点け、熱く燃える戦火を歩む中で共に成長を遂げてきた。それが焔と鋼との暗示的関係。
その事に気づいた一同が一緒になって笑い出し、辺りには楽しそうな声が明るく響いていた。

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●もうすぐホノレン完結 & 拍手メッセージ御礼

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いやー気付けばもう1年半以上も連載続けてきてしまいました。うかうかしてると丸2年になってまうやん。
よく飽きないよね、私。本当に変人だわ、私。だから皆さんどうかそっとしておいてくださいねー。

さてさて、そんなちょっとアレなブログにひいてらっしゃるのか、拍手メッセージくださる奇特な方は滅多におらんです。とほほ。不気味なんでっしゃろか。
しかし、この度連続してメッセージを頂戴してしまいましたので、遅れ馳せながらお返事をば書かせていただきます。

>一気読みのお蔭で寝不足だ
皇ヒルとホノレンとどちらを読んでくださったんでしょうね?
どっちの作品も無駄に長いから、確かに2~3時間じゃ読めませんわな。本当にありがとうございました。というかすまん笑。
以前、短編も書いてみたことあるんですが、個人的には短編の方が書くのが難しいと感じました。なんというか・・・誤魔化しが効かずに文章も手を抜けないしアイディアも厳選しないと面白くならないんですよ。
その点、長編は気楽ですよ~。それっぽいことだらだらと書いてればいいだけだし、最後だけ無理やりにでも広げた風呂敷をたためれば、結構カタチになっちゃう気がするの。ははは。ま、所詮素人のたわ言でございますがねっ。

>週刊ホノレン!
いらっしゃいませ。びっくりした?笑
世の中広いなーこんな暇人いるんだなーって感心してくださればそれでもういいです(←おいやる気あんのかコラ)
以前の作品では、毎朝更新とかいう、超どヘンタイな事をやってキチガイ認定されかけましたので、今回は控えめにしてみました。
私としては、コミックを文章化してみるというのと同時に、週イチペースで連載続けてみるというのも、どちらも修行目的の試みでございまして、結論からいうとこのペースはなかなか気に入りました。だから、もし「次」があれば、このペースでまたやってみたいと考えております。(ま、次があればの話ですがねー。)


さてさて、週刊ホノレンは、残すところあと2回で完結いたします。
ここまで読んで応援してくださった皆様、本当にありがとうございます。
もうあとちょっとだけお付き合いいただければ嬉しいです。

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ハガレン二次創作 ■焔の錬金術師85 (ロイ×アイ)

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中央司令部の一室。
幹部にだけ入室が許されているその部屋で、マスタングは静かに大総統との面会を待っていた。
「きっと、少将へご出世ですね。」
「いやいや、もしかすると中将とか大将とか。それどころか、正式な後継者としての打診があるかもしれませんぜ。」
部下たちが興奮を押さえきれずに自分を送り出した言葉が思わず蘇る。
混乱を乗り越え活況を呈し始めたイシュヴァール政策は、大成功を収めつつある。今やマスタングは”時の人”なのだ。
そんな時に、突如大総統からの中央出頭命令があったのだから、期待するなという方が無理だった。

やがて扉が開き、マスタングは姿勢を正して敬礼を一つすると、カツンと軍靴の音も高く意気揚々と大総統の待つ部屋へと踏み出した。
「やあ、元気そうじゃな。」
久しぶりに会うグラマンは、相変わらず特徴のあるふぉふぉ笑いをしながら語りかけてきた。
「はっ。すっかりご無沙汰しており、面目ありません。」
まったくじゃよ。マスタングの台詞に、グラマンはあきれたようなため息をひとつついた。
「定例軍議にも参加せん将軍なんて、キミ以外に他に誰もおらんよ。おかげで、ワシ、他の奴らを宥めるのに、随分と苦労してねえ。」
「・・・大変申し訳ありません。」

さすがに深く反省したマスタングだったが、すぐにいつもの調子を取り戻して言った。
「しかし、おかげでイシュヴァール政策については、ご満足いただける結果をあげつつあります。本日は、その事を詳細に報告させていただきたく・・・」
だが、その張り切った声を、ひょうひょうとしたグラマンの声が遮った。
「んー、その話は、後でまた聞かせてもらうとしてね・・・。」
そして、ちょいちょいと陽気に手招きをした。
「覚えておるかの。キミとの最後の勝負が途中でお預けだったじゃろう。」
にんまりしながら盤を取り出した大総統に、マスタングは目を丸くするしかない。
「・・・はあ。確かに覚えてはおりますが・・・。」

仕方なく勧められるままに向かいに座り、駒を置き始める。
「ふぉふぉっ。ちゃあんと再現したな。さすがじゃの。」
「記憶力はそう悪い方ではありませんので。」
このゲームを再び始めようと誘うグラマンの真意をいまいち図りかねて、マスタングの返事はやや用心深いものとなる。
「あの時、私はこうやって追い詰められて・・・。」
ふぉふぉっ。グラマンは声をたてて笑う。
「よく覚えておるよ。そしてキミは、最強の駒をここへ進めた。随分挑戦的な戦術だったのう。」
チェスにおける最強の駒。それはクイーン。キングを守るため並んでいたそれを、ぐいと手前に押し出した積極的な反撃の手であった。
「あの時は意表を衝かれたが、今、ワシは正しい答えを見つけたんじゃよ。」
すうっとグラマンの目が細められた。そして不敵な笑いと共に、カツ、と駒を置いた。
1手。また1手。マスタングの赤の女王がグラマンの駒を容赦なく倒していく。だが、次の1手を置こうとしたその時。
「・・・」
マスタングの手が止まった。そのまま腕組みして考え込む。数分間考え続けた後に、ようやくマスタングは潔く負けを認めた。
「・・・負けました。」
ふぉっふぉっ。一際高く満足そうな声をあげて笑った後、グラマンは追い詰めた赤のキングを、意地悪くナイトの駒で蹴り転がした。
「勝負はキングを倒した者の勝ち、という事じゃよ。」
クイーンに惑わされずに、ゲームの本分を見直し勝利をつかんだ男は声をたてて笑った。
そして、悔しそうに駒を片付け始めた黒髪の男に向かって、唐突に言い放ったのだった。
「という訳でね。マスタングくん。君、クビ。」

「・・・は?」
多分、マスタングは自分で自覚していた以上に間抜けな顔をしていたのであろう。その顔を見たグラマンは心底楽しそうに笑った。
「悪く思わないで欲しいんじゃがの。イシュヴァールで農業事業へと多大な投資をした会社から大苦情がきとる。身分を剥奪された国家錬金術師たちも怒り心頭じゃ。おまけに、さっきも言った通り、キミ、軍部内で敵を作りすぎ。」
いや、でも、しかしっ。マスタングはさすがに納得できない。
「規律を乱した事はお詫びします。ですが、私のあげた成果は国家の再生と安定に大いに貢献し、かつ国民もこの事を認めてくれているものと自負しているのですが。」
だが、いつの間にか笑う事を止めたグラマンの目は、まっすぐに黒い目を見返して言った。
「一言でいうと、キミ、目立ちすぎたの。分かる?」
グラマンの言わんとしている事を、マスタングもしぶしぶ理解するしかなかった。既得権層に睨まれてしまった自分。要するに、この俺がでかい顔していては、軍部のまとまりが無くなるのだ。そんな状態で無理に地位を与えても、統率力を発揮できないと判断されてしまったのだろう・・・。

がっくしと気の毒なほど肩を落とした男の背中を、励ますようにぽんぽんと軽くたたくと、グラマンはがらりと口調を変えて、語りかけてきた。
「そうそう。ところでね、キミ。今、北のドラクマがやばい事になってるって知ってる?」
思わずマスタングは、はっとして顔をあげた。
「そう。革命じゃよ。あそこも長いこと先軍政治を行っていたけれどねー、ついに怒った民衆に倒されちゃった。」
マスタングもまたその情報は掴んではいた。すでに王制から民主制へと移行を始めたアエルゴとクレタの両国が、ドラクマの民主化勢力へとかなりの支援を行っているとか・・・。
「キミも馬鹿じゃないから分かるよね。次にうちの国に起こることが。」
ぎらりと目の鋭さを増して、グラマンは声を低めた。
「三国は、既にわが国へと連帯して圧力をかけてきおったよ。時代遅れの軍国主義を捨てろ、とね。」

マスタングは、急速に冷静さを取り戻した頭で、情報を整理しつつ応じた。
「恐らく、我が軍の将官たちは、とてもそんな要求は呑めんと怒り狂うでしょうね。」
「ご明察通りじゃよ。」
グラマンはあくまで暢気そうな声のまま、ちょび髭をこねくり回した。
「あ奴らは、負けたことがないものだから、すっかり勘違いしてしまっておる。これまでは一国同士で戦っていたから各個撃破で勝てた。だが、ひとたび同盟を組まれれば、わが国は敵国に包囲されるという事を理解できておらぬのじゃよ。」
グラマンは再び陽気なふぉふぉ笑いを始めた。
「という訳で、だからキミはクビ。バカどもには国を任せられんからのう。」
そして、珍しく真摯な声に戻って続けた。
「近い将来、この国は民主制を復活せざるを得なくなる。次なる指導者は、軍から選ばれるのではなく、恐らく選挙で選ばれることになるじゃろう。」
そう。例えば、国民的な人気をもつ元英雄とか・・・。

二人はしばし無言となった。だが不思議なことに、これまで交わしたどんな言葉よりも、この時ほどこの方と心を通わせたことはないとマスタングは感じたのだった。
「その時、閣下はどうなさるのですか・・・?」
「んー?ワシ?」
グラマンは、しょぼしょぼと目をしばかせた。そんな表情をされると、何だかひどく老いて疲れているようで、マスタングの胸は痛む。
「ワシはもう年寄りじゃし、巻き添えを食う家族もおらんし、いたって気楽なご身分じゃよ。キミは何も気にせんでよし。」
無言のまま立ち上がり、敬礼をしたマスタングに向かって、グラマンはふいに話題をかえた。

「・・・ところで、昔、キミに冗談を言ったことがあった。ワシの孫娘を未来の大総統たるキミが嫁にもらってくれんかとね。」
覚えておるかの?と親しげに笑いかけられて、マスタングは少々困惑しながらも頷いた。
「はぁ。覚えております。閣下に孫娘がおられたはずはないのに、と。」
ふぉふぉと笑いながら、グラマンは言った。
「ワシにも若い時は、野心ぎらぎらの碌でもない頃があってねー。苦労かけた女房に死なれて、残った一人娘も反発して家を飛び出しちゃった。」
「・・・そうだったんですか。」
マスタングは何と声をかけたらよいか分からず、ただ言葉を濁した。すると、グラマンは懐から一枚の写真を取り出した。
「で、これがその一人娘なの。見る?」
マスタングは、手にとった写真を一目みた瞬間に、彫像のように固まってしまった。
「どうじゃ、美人じゃろう。」

すっかり勝ち誇ったような声で自慢するグラマンの脇で、マスタングは色あせた写真に写る人物を食い入るように眺める。どうしても目が離せない。
美しく輝くまっすぐな金髪。ぱっちりと大きく見開かれた瞳の色は鳶色。それは、その姿はまさしく・・・。
(・・・似てる。似すぎている・・・。)
やがて、呆然としたままのマスタングの手から、ひょいとその写真を取り上げると、グラマンはおもむろに暖炉の火へとその写真を放り込んでしまった。
「な、何をなさるんですか!」
驚くマスタングの声にも動じず、グラマンは飄々とした姿勢を崩さず言った。
「・・・これでもう、この事を知るのはワシとキミだけじゃよ。」
そして、低い声で続けた。
「だからもし知っていたら教えてくれんかの。結局あの子は何者なんじゃね?あれはもしや錬金術で蘇らされた私の娘なのではないのかね?」

マスタングは項垂れたまま、数奇な人生を送ってきたであろう男の背中を眺めた。そして、無意識に錬金術の師であった男の最後の言葉を思い起こす。
(私は、妻の身体を使って人体錬成を行った・・・)
だが、マスタングはすぐに一人首をふる。そして、己の方へと向けられたグラマンの目、そうあの鷹の目とそっくりの鋭い瞳をまっすぐに見返して言ったのだった。
「いいえ、彼女はリザ・ホークアイ。お嬢さんが残されたたった一人の娘で、そして・・・私の半身となった女性です。」
その声を静かな目で受け止めた後、グラマンはゆっくりと納得したように頷いた。そして、すぐにいつもの調子でふぉふぉ笑いを始めたのだった。
「偉そうに言っとるが、まだ求婚に承諾してもらっておらんのじゃろ?」
ずばり図星をつかれて、マスタングはがっくしと肩を落とすしかなかった。
「そ、その通りです・・・。」
「ま、せいぜい頑張ることじゃな。ワシの血を引いとる娘なら、そりゃ手強くて当然じゃからのう。」
ふぉっふぉっふぉっ。すっかり落ち込んだマスタングの目の前で、実に楽しそうな大総統の笑い声だけがこだましていたのであった。

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●拍手メッセージ御礼

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先日、仲良くしていただいている某所様とランチした時に問われたのですが
「メイさん、今の連載終わったらどうなさるおつもりですか?」
うーん。分からない笑。
本当に分からないよう。
以前の連載を終えた後は、再び書き始めるまでに10ヶ月くらいかかりましたっけ。
あの時は、震災も娘の受験もあったし、ただひたすらマンガ読んでましたねー。心が疲れていたのかも。
で、その結果ハガレンと出会って今に至る、と。
だからきっと、また貪るようにいろんな物を読み漁って、「面白いっ」て思える物語を探す旅に出るのだろうなと思います。
次に読むものは、かなり以前に入手済みで積んであります笑。私は活字中毒のケがあるので、常に未読の本が山と積まれていないと、なんだか不安になるのです。でも書く快感を知ってからのこの数年というもの、積読山が高くなる一方で、読書時間がものすごく減ってしまいました。
そろそろきちんと新味のある何かをインプットしないと、再び書くこともできそうもないので、読み専ライフをしばらく楽しもうと思います。

さてさて、以下は頂戴した拍手メッセージへの返信です。読んでくださってありがとうございます。

>番外編に期待します。週刊鷹の目とか
→週間ホノレンの続編は週間鷹の目で決定ってことでOK?
以下あらすじ。
波乱万丈を経て、ようやく求婚を受けることを決意したリザ。しかし、挙式の直前に、新夫となるはずのヘタレ増田が謎の失踪。浮気逃走か恨みを持つ者の犯行か。再び銃をとり自らの手でヘタレを見つけ出すことを決意する。そして・・・
みたいな感じでしょうかー(←超テキトー) 
あたしはちょっと疲れちゃったから、誰か書いて楽しませてくんないかな笑

>流石童貞…童帝
>初体験から1週間程度で乗馬って…
→えっと、上記ふたつのメッセージは同じ方からのものでしょうか?(違っていたらすみません)
ヒルダ物語読んでくださってありがとうございます。
いくつか頂戴した感想を読むと、大抵の方は最初でめげそうになり笑、我慢してだらだら続きを読んでいたら、ヒルダ暗殺ネタでぎょっとして、ライヒルのラブシーンでうひーとなり、オベ様の死の扱いでまじかよ、と。まあ簡単にまとめるとそんな感想をお持ちになるようでございます。(簡単にまとめすぎたスマン)
自分でも今読み返すと、つっこみどころ満載で笑ってしまいそうになりますが、まあお許しください。だって、これ、私の処女作品でしたから童貞と処女ネタ炸裂するのは必然だったと思うのですよ。(←いや、全く意味わかんないし)

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ハガレン二次創作 ■焔の錬金術師86 (ロイ×アイ)<完結>

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「クビって・・・。」
「何でそんな事になっちゃったんスか!」
自分たちのボスが大出世という手土産をもって意気揚々と帰還するとばかり思い込んでいた部下たちは、驚きの余り叫ぶような声をあげた。
だが、当の本人がえらく飄々とした様子なので、すぐに口を閉ざすしかない。
「という訳だ、諸君。君らの期待を裏切って済まない。」
だが、とすぐに言葉を続けたマスタングである。
「私があきらめの悪い人間だと皆知っているよな?なあに目標がちょっと変わっただけだ。」
「・・・と、いいますと?」
ファルマンが不審気な顔つきで尋ねるのに、威勢よく答えた。
「大総統になるのはやめだ。目指すは、大統領だ!」

まじっすか・・・。皆が半ばボーゼンと脱力状態にある中で、黒い目の男はいたって本気である。
「考えてもみろ。軍における私は、ただの秀才で元英雄というだけの存在にすぎん。下手に顔がいいもんだから、いまいち強面の迫力にかける。だが、民主制を率いる政治家となったら、国民的な知名度と人気を誇り、知的でイケメンしかも元英雄などという完璧な人材は私以外に他に誰もおらんと思わんかね?思うだろ?」
(相変わらず、すごい自信ですね・・・)
全員がこっそり呟いたあきれ声になど、男は全く頓着などしなかった。
「と、いう訳で、とっとと引継ぎを始めるぞ。イシュヴァールの目処もたったことだし、丁度いいタイミングだ。」
未練の欠片も無い台詞で、てきぱきと身支度を始めたマスタングに、一同はため息をつきつつぼやく。
「・・・要領の悪い上官を持つと、苦労させられますよ、全く。」
「ほんとほんと。いつも勝手な上に人使いが荒いったらありゃしねえ。」
しかし、口ではそういいつつも、皆もまた揃って身支度を始めたのだった。無論、この男について行くために。
「・・・貴方についていくと一生退屈しなくて済みそうですからね。」
ブレダがぼそっと発した台詞に、ただ短く、同感、とだけ答えた仲間たちであった。

*****

しゅーっという蒸気音と共に、景気良く汽笛の音を響かせて列車は再び走り始めた。
終列車から降り立ったのは、わずか二人。
この鄙びた田舎駅ではそんな事は当たり前であったから、半ば居眠りしていた改札の係員は、この日最後の客であろう男女二人連れを迎えた。
「お気をつけてー」
だるそうに声をかけると、妙に姿勢のいい男がびっと敬礼で応じてくれたのが見えた。次いで、一緒の女の方も同様のポーズを決めたので、駅員は慌てて背筋を伸ばして応じた。
(・・・誰だ、ありゃ?)
つい反射的に自分も敬礼してしまった後で、こっそり二人の背中を見送った。どっかで見たことあるような。
(軍人ぽいけど、軍服着てないし。女の方もえらく別嬪さんだけど、目つきがただモンじゃねーし)
少しだけ考えていた駅員だったが、だがすぐに、俺にゃ関係ねえと首をふる。そして、今日一日の仕事が終わったとばかりに大きく伸びをしてふわぁと欠伸をした。

夕暮れが近づく中、懐かしい小道を二人は黙って歩いた。
舗装もされていない細道。歩くたびに小石を踏みしめる音がじゃりじゃりと鳴る、そんな田舎道。
林の向こうから、鳥たちのさえずりが聞こえる。夕支度のために木枝の巣へ舞い戻ってきているのだろう。
ふいに目の前の男が立ち止まり、振り向いた。
そして、何事だろうと首をかしげているリザに向かって、悪戯っぽく微笑むと、手を差し出す。
リザは、ちょっとだけ躊躇った様子を見せたが、すぐに小さく頷くと、持っていた大きな鞄を男に預けた。
男は満足してそれを預かり、自分の分と合わせてよいしょと握り締めぶらさげる。そして今度は、もう片方の手をゆっくりと差し出した。
今度こそリザは顔を赤らめて、なんだか困った様な顔つきとなったが、男が妙に真面目な顔つきで誘っているのについ根負けした。

そっと繋いだ手は大きくて温かかった。リザは自分らしくもなく胸が高鳴るのを感じながらも、考えずにはいられない。
私の手。ずっと引金を引くために戦ってきた私の手。こんなごつごつした荒れた手を、この人は嫌じゃないのかしら・・・。
「思い出してしまうよ。買い物帰りに、この道をこうして君と手を繋いで一緒に帰った事を。」
マスタングは、リザの気持ちを知ってか知らずか、暢気な声で語りかけた。
「あの頃の君は、まだ小さくて可愛かったなー。」
・・・もう小さくも可愛くもなくなっちゃって済みませんね。
「だけど、当時から、辛辣で頑固だったよ、君は。」
・・・どうせ私は頑固でいつもお説教ばかりですよ。

ひたすら無口なリザが、秘かにむっとしている事に果たして気づいているのかどうか。
だが、男はふいに口を噤み、しばしの沈黙の後言った。
「これからの、君の位置はここだ。もう後ろじゃない。ここ、僕の隣。」
マスタングの言わんとすることを理解したリザであったが、咄嗟に何も返答ができない。
ずっとこの男の背中を見守ってきた。いつしかそれが当たり前のように思っていた。けれど、時の流れが二人をそのままにしておいてはくれない。
懐かしい家へと向かい今並んで歩んでいるこの道が、二人の人生にとって家路にあたるのだという事にようやく気づいたリザである。無論、小さかったあの頃に戻れるわけではないけれど・・・。
それに、これは旅の終着駅ではない。ほんのひと時だけ、羽を休めるために立ち寄った故郷。そして明日から、また二人は新しい旅に出る。国じゅうを、多分、外国をだってとびまわることになるのだろう。
(けれど、マスタングさん、知ってますか?)
リザは心の中だけでそっと呟く。この人は、どうやら少し勘違いをしている。
私は軍人となり部下となったから貴方の後ろを歩くことになったのではないのです。ずっとずっと昔、そう最初から、私は貴方の背中を目で追いかけていました。
幼い自分の憧憬を思い出し、少し切ない気持ちで男の横顔を見上げた。

到着した屋敷は、相変わらず幽霊屋敷にしか見えなくて、二人は思わず顔を見合わせて苦笑しあった。
すっかり固くなった鍵を苦労して回し、ドアノブをよいしょとひっぱる。ぎぃと情けない音がして重い扉はようやく開いた。
室内は埃だらけではあったが、無駄なく片付けられていたために、二人で手分けして簡単な拭き掃除をするだけで、何とか凌げそうであった。
ちらり、とマスタングは甲斐甲斐しく働くリザのエプロン姿を盗み見た。・・・まいったな。すごく可愛い。
ちらり、とリザもまたバケツを洗うマスタングの姿を盗み見た。・・・腕まくりしてる。どうしよう、らしくなくて、なんだかどきどきする。
ようやく一通り掃除が終わった頃、ふと窓の外を見てみれば、もうすっかり暗くなっていた。夕暮れから始めたのだから当たり前である。
買ってきた食材で簡単な夕食を作ると、マスタングは嬉しそうに頬張った。そんな男の姿を眺めて、リザもまたほっこりと胸が温かくなる。
これは、二人にようやく訪れた静かな休息。どんな豪華なレストランやホテルで過ごすよりも、ずっと素敵な時間だとリザは感じた。
だがしかし、古いソファへと腰掛けて、すっかりくつろごうとしていたリザの手を、マスタングの手がひっぱった。
「おいこら。くつろぐのはまだ早いぞ。大事な事を忘れてるだろう?」
そうして、困惑気味のリザを半ば急き立てるようにして、ふたたびコートを羽織らせた。

マスタングの手に引かれて、着いた先は亡き父の墓標の前であった。
途中で手に入れた小さな花を一緒にたむけて、二人は静かに佇んだ。
「何も、真っ暗な夜に墓参りしなくても・・・。」
リザが少々非難を込めてマスタングに言いかけた時であった。マスタングはおもむろに墓に向かい語り始めた。
「師匠、不肖の弟子だった私ですが、ようやくご報告にあがる勇気がもてる日が来ました。」
マスタングのいつにない真剣な声に、なんだか気圧されてリザは思わず口を噤んだ。
「私が未熟であったが故に、一度ならず道を誤りました。そのまま、私は人でないものへと堕ちるところでした。」
リザは一緒になって父の墓前でうなだれて耳を傾けている。
「ですが、お嬢さんが私に教えてくれました。人でありたいと願う気持ち、人であろうとする強い意志、それこそが、我らが人間であることを決める、と。」
マスタングは少しだけリザの方を振り向いてから、静かに言葉を続けた。
「人間兵器としての焔の錬金術師は死にました。私は生まれ変わった気持ちで、人間であることに誇りをもち、新しい人生を歩もうと思います。」

リザは、自分こそがこの男によって生まれ変わり救われたのだとずっと感じていた。だから、己もまたこの男を救ったという男の言葉に驚き、思いがけない喜びと誇りで胸がいっぱいになる。
「贖罪のために残りの人生を生きるつもりはありません。自らも幸せになろうとして初めて、人を導く資格も得るのだと学びました。」
だから、とマスタングの声に力がこもった。
「お嬢さんを、私にください。二人で幸せになるために歩んでいきます。」
静かな沈黙がおりた。しばらくたってから、ようやく立ち上がったマスタングである。
そんな男に、リザは何と声をかけるべきか良く分からず、仕方なく呟く。
「・・・なにを、いまさらな事を・・・。」
そう。何を今更。私はとっくに貴方のものなのに。

だが、マスタングは大真面目な顔をしたままリザに顔を向けた。
「ひとつ、言っておくことがある。」
「・・・?なんでしょう?」
「私たちの子供の名前は、私がつける。君に名前を考えさせるとろくなことにならない。」
「・・・」
すっかり意表をつかれたリザであった。リザは、正直なんだって男がそんな事を言い出だしたのかさっぱり分からない。ブラックハヤテ号ってそんなにヘンでしたか?
しかし、問題はそんな事よりも、だ。
(私は子供を産めないかもしれないのに・・・)
年齢とかそういう問題ではなく。そう、だって私は普通じゃないから。
だが、ロイはそんなリザの困惑した表情など全てお見通しのように、やや意地悪そうに笑った。
「君は、まだそんなことを心配しているのか。らしくないな。」
そして、えへんと胸をはって続けた。
「私の言葉を疑うのかね。今や、私は、君よりも君の身体に詳しいと自信を持っているぞ。」
得意満面の男に、リザは思わず顔を赤らめる。
「父の墓の前で、言っていいことと悪いことが・・・」
「な、なにをする。落ち着け。銃をしまいたまえ。ていうか、なんで君銃持ってるの?」

やがて、墓前を辞した二人は帰路についた。
街灯もない田舎道だけれども、月明かりだけで十分だった。星座の静かな輝きも美しい。
うっそうと生い茂った林道をくぐり抜けると、ふいにぽかりとした空間に出る。そこから二人の帰りを待っている家が見えた。
その時、繋いでいた手にふいに力がこもったと思ったら、男がぴたりと歩みを止めて振り向いた。
何事だろうと見上げた女の手に、突如ひやりと冷たい物が手渡された。
「・・・どういう事ですか?」
リザが困惑した声で尋ねたのも無理はなかった。それは一丁の拳銃であった。最新型6連射式リボルバー。
「いいから構えたまえ。」
まるで当然のように上官の口調で命じるマスタングに、自分でもどうかと思いつつも、黙って従うリザである。
促されて、自分で所持していた愛用の銃も手にし、二丁を両手に握り締める格好になった。
いったい何を撃てと命じられるというのだろう・・・。
頭の中では疑問が渦巻いていたが、元軍人の性で、握り締めた感触と両手の重さに応えるように無意識に両足を軽く開き踏ん張る。そう、いつでも発射できるように。

いつの間にか、ポケットから取り出した白い手袋を嵌めた男の指が、つ、と上がり、天空を指した。
「月だ。月に向かって撃て。」
さすがのリザも、予想外の指令に驚きを隠せない。月ですって?
思わず、頭上高く、ほぼ南中位置にあるそれを、振り仰ぐようにして見上げる。
だが、有無を言わさぬ男の瞳になぜか逆らえないものを感じ、リザは、困惑しながらも、ゆっくりと腕を天空に向けて高く構えた。
そして。
「撃て!」
男が発した大声に、ほとんど反射的に引金を引いた。ズガンという轟くような銃声が静かな夜を貫く。

その時である。男もまた腕を伸ばし高く掲げた。そしてパチンと鳴らされた指先から火花の光が飛び散ると、それがまるで放たれた火龍のように天空を目指してかけ昇る。
光の速さで繰り出されたそれが、驚くべきことに、高い上空で銃弾をとらえたことが分かった。
なぜなら、その瞬間に、ぱあっと夜空に光の花が咲いたから。
ほとんど呆然としかかったリザに、マスタングの激がとぶ。
「撃て。全て撃つんだ。撃ち尽くせ!」
もう、その後はほとんど夢中だった。まず愛機の弾を撃ち尽くすと、すぐに手渡された銃で続ける連射。
リボルバーには、特殊な弾薬か金属でも仕込まれていたのであろうか。夜空に咲く花の色が、色とりどりに変わっていく。
真っ赤な焔の色の花。紫がかった青い花。エメラルド色の緑の花。輝いた次の瞬間にはぱっと散るように広がるたくさんの花々・・・。

やがて、全ての弾を撃ち尽くし、夜の静寂が戻ってきた。闇夜に大きく開いた大輪の花々の残滓が、光のかけらのように舞い降りてきて、星くずみたいに見えた。
消え行く光の名残が瞳の中でにじむ様に霞み、リザは自分の頬に静かに伝うものに気づき驚いた。思わずこれは星のしずくなのだと心で言い訳する。

「君は言ったな、小さな花束など受け取らないと。」
いつか再び見てみたいと願った宝石の様な雫を、指でそっと拭ってやると、男は満足そうな顔つきで呟いた。
思わずぎゅっと目を瞑ったリザの瞳から一際大粒の涙がほろりと零れ落ちる。
そう、その言葉には確かに覚えがあった。あれは花束をもらってくれないかと男が電話をくれた翌日のこと。
可愛げのない自分は答えたものだ。
(女なら、たくさんの花束を抱えてあちこち配って歩く男性よりも、たった一つの大きな花束を贈ってくれる人を望むものです・・・。)

リザの潤んだ視線に応えるように、マスタングはじっととび色の瞳を見つめ返した。
「錬成のエネルギー源が完全に消えて無くなるその前に、君に渡したかった花束だ。受け取ってくれるね?」
そして、と静かに言葉を続けたマスタングであった。
「私が行う錬金術はこれきりだ。これが焔の錬金術師の最後の錬成だよ。」
静かな声でぽつりと言うと、男はポケットからきらりと光る一組の指輪を取り出した。
そっとリザの手をとり、指に嵌める。残る片方も、当然の様に自分の指にも続けて嵌めさせた。
「このリングの持つ意味が、単に二人の未来への約束だけではないという事を、君なら分かってくれるはずだ。」
まるで何かの神聖な儀式を行うように、マスタングの顔つきは真剣そのものであった。
「鷹の目もまた、焔の錬金術師と一緒に今宵死んだ。これは、焔を生む私の指と、引金を引く君の指、双方への封印だ。」

二人だけの儀式を終えたマスタングとリザは、ずっと長いこと互いに見詰め合っていた。
やがて、いつもの不敵な笑いをにやりと浮かべ、手を差し伸べてきた男の手を、リザもまたおずおずと手を伸ばし、ぎゅっと握った。
そして手を繋いだまま、真っ直ぐに前に向かって二人で歩き始める。
「あの、私からも一言よろしいでしょうか?」
リザがようやく遠慮がちに発した台詞に、マスタングは鷹揚に頷く。
「勿論だとも。この私の一世一代の求婚に対し、ぜひとも君の言葉を聞かせて欲しいからな。」
マスタングはえへんと胸を張った。きっと浮気は許さないとか念を押されるのだろうが、神誓って浮気なんかするもんか。・・・第一怖いし。

だが、リザが発した言葉はマスタングの予想を完全に超えていた。
「私のしつけは厳しいですよ?」
「・・・君にとって私は犬かね?・・・」
急に不安そうな表情を浮かべた男の顔を、いたずらっぽい顔つきで女が見上げる。
視線が合い、思わず笑い出した二人の声が響き渡った。二人の新しい門出を、ただ遠く月だけが静かに眺めていた。

<完結>

*****

あてにならない地図 焼いてしまえば良いさ
埋もれた真実 この手でつかみ取ろう

数え切れない傷 抱え込んでいても
ちょっとやそっとじゃ 魂までは奪わせない

READY STEADY GO / L'Arc en Ciel


救いのない魂は 流されて消えゆく
消えてゆく瞬間に わずか光る

君の手で鍵をかけて ためらいなどないだろ
間違っても 二度と開くことのないように
さあ錠の落ちる音で終わらせて

メリッサ / ポルノグラフィティ


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●拍手メッセージ御礼

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無事連載を終えることができてほっとしております。
拍手くださった皆様へ。最後まで読んで応援してくださりありがとうございました。
さて、お寄せくださったメッセージへのお返事です。

>おもしろすぎますっ。私自身も字書きですが
いらっしゃいませー。イッキ読みしてくださる方が時々いらして、なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいです笑。
コメントやメッセージをくださる方の結構な割合が、ご自分も書き手であったり、あるいはかつて書いていたという方であることは興味深い事実だと思います。書く側の気持ちに寄りそって励ましたくなるのかもしれませんね。私もそうですから。
また気が向いたら遊びにいらしてくださいませ。とても嬉しいメッセージありがとうございました。

>週刊鷹の目は、増田とゆかいな仲間たちの観察日記、または鷹の目育児日記で
「と、いう訳だ、中尉。早速先立つものとして子作りを・・・」
「アンタ、俺たちのことは無視っスか?」
「大佐の行動の観察なら毎日記録しております。こちらを公開すればよろしいのですね?」
「ちょ、ちょっと待て。いったい何を暴露する気だ。やめたまえっ。」
という感じのものでよければ、だらだら延々と書けそーな気もします笑。
ひとまず、楽しんでいただけた様子で安心です。ありがとうございましたー。

>本になったら絶対買うのに
>投稿とかはしないんですか?

あー時々いただくお問い合わせですので、きちんとお返事しなくては、ですね。
私はネットオンリーでやっておりまして、刷りものにする予定は今のところございません。
縦書きに直して、推敲してとか、性格的に絶対に無理なんですー笑。
(ついでにいうなら、締め切りに間に合わせるように書くとかも、不可能だと思う)
誤字を見つけたら即修正できるオンライン公開だというのに、面倒くさくてほぼ放置してますからね・・・。自分でもどうかと思う。

また、pixivや小説投稿サイトなどは、自分でも利用したり存在はもちろん知っておりますが、自分が投稿することはないと思います。
だってさ。想像してみてくださいよ。あの若いエネルギーが爆発してる支部にですよ、いきなり80話とか150話とかぶっこんでるアラフォーとか・・・。
いくら私の面の皮が厚いとはいっても、そこまで空気の読めない事はできませんよう笑。
あと、自分が書いたものをどう紹介したらいいかもよく分かりませんしね。よく転生モノとか逆行モノとかゲームかラノベ?からくる用語で紹介され、その形式にのっとって書かれている作品を見かけますが、私のはなんていえばいいのでしょう?なんちゃって大河もの?(←なにそれ新しい。)

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